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第136話
今しがた、受け取ることの出来なかったコップは、いつの間にか目の前の唯人が持っていた。
「ほら、暁」
これまで散々いろんな痴態を二人に晒してしまっているが、こう至近距離で見られていては、ただのうがいもかなりしづらい。
それでも……躊躇している場合ではないから、暁はなるべく下を向き、口内の物を吐き出した。
「はい」
顔を上げると、下唇へとコップを軽く押し当てられ……流石に羞恥を覚えた暁は、左手でコップを取ろうとするが、そんな行動は完全に無視され、結局唯人に介助されながら何度かうがいを繰り返す。
その間……暁の視線はどうしても、工藤の腕へと向けられた。
(怪我……してる?)
右手でボウルを支え持つ彼の左腕は、三角巾で固定されている。
(もしかして、あの時……)
「……工藤…さん、その、腕……」
記憶の糸を手繰り寄せ、一つの結論に至った暁は、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「そうだよ暁。工藤は暁を助けた時、左腕に銃弾を受けた。骨にもひびが入ってる」
暁の質問を途中で遮り、先に答えを告げた唯人が、肌触りの良いタオルを使って汚れた暁の口元を拭った。
「……ごめん……なさい」
「白鳥君が謝ることはありません。こちらこそ、私の落ち度で危険に晒してしまい、申し訳ありませんでした。もっと早くに気づいていればと悔やむばかりです」
頭を下げた工藤の視線が自分の右手に向けられたのが分かったから、暁は首を左右に振り、それは違うと反論する。
「あれは……違います。工藤さんが悪いんじゃ……俺が、もっとちゃんと、確認……してれば……俺が、もっと、ちゃんと……」
そこまで言葉を紡いだところで、まるで堰 を切ったかのように記憶が頭へ流れ込み……刹那、身体中を掻き毟りたい強い衝動に駆られるが、どういう訳か身体は動かず、耳鳴りがして視界は歪み、体がカクカクと震えだした。
「……あ、やっ、アァッ!」
「始まった。またダメかな?」
「いえ、この前とは少し様子が違います。経過を見ましょう」
少し遠くから唯人と工藤の会話が聞こえてくるけれど、内容までは理解できない。
「暁、俺が見える?」
「あっ、あぅっ……っ!」
至近距離から名前を呼ばれて答えなければと思うのに……口を開けば意味を持たない掠れた悲鳴が喉をついた。
(俺の……せいだ)
歪んだ暁の世界の中に、過去の映像が流れだす。それは、思い出したくも無い記憶なのに、自分の意志では止められない。
まるで映画の予告のように、切れ切れに……だけど鮮明に――。
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