143 / 188
第144話
***
小泉と別れマンションへと帰った時には、午前0時を30分程過ぎていた。
いつものように部屋の前で工藤に一言礼を告げると、カードキーで玄関を開け、物音を立てないようそっと靴を脱ぎリビングへ向かう。それは、眠っているかもしれない唯人を起こさぬようにとの配慮だったが、実際彼が先に就寝していた事はこれまで一度もなかった。
それでも、もしかしたらと思うから、アルバイトで遅くなる時には、いつもなるべく静かに入る。
今日も暁がリビングのドアを開けると、予想したとおりまだテレビがつけられていた。
(フランス映画?)
照明を落とした暗い部屋。
フランス語は専攻外だが、聞こえた言語の響きから暁はフランス映画と推測した。
正面に見える液晶画面は、モノクロームの映像を映しだしていて、唯人はフランス語も出来るのだと暁は密かに感心する。
「……ただいま」
小さく声を発してみるが、それに答える言葉は無かった。
彼の座るソファーは自分に背を向けている格好だから、もしやと思い近づいて見ると、唯人は座った格好のまま、俯き加減で瞼を閉じている。
(初めて……見た)
相当疲れているのだろうか?
彼の足元、毛足の長い絨毯へと暁が静かに膝を付き、眠ってもなお彫刻のように整った顔を覗き込んでも、唯人は全く気づかない。
(息、してる?)
少しのあいだ見惚れていたが、急に不安になってきた。それと同時に、強い衝動が暁の心の中を満たす。
(キス……したい)
眠っている間になんてしてはいけないと思いながらも、そうでなければ出来ないのだから、してしまえと心が囁く。
事実、暁の傷が癒え、通常通りの生活を取り戻して以降、彼は一度もキスをしない。
そればかりか、必要以上のスキンシップもとらなくなった。
とうとう飽きられたのかもしれない……と、思った暁は、自分のアパートに戻る提案をさりげなく彼にしてみたのだが、それにつていは軽く却下され、何故か警護を増やされた。
態度はいつもと変わらない。
優しく、いつも側にいて、いろいろと暁の世話を焼く。
バイトも解雇されないように連絡を入れてくれていた。
(感謝してる。けど……)
そうされればされるほど……暁の心は切なく痛む。
すでに傷が癒えた今、彼が暁を側に置くのは、贖罪 の意味しかないと言われているようで、精神的に辛かった。
ともだちにシェアしよう!