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第145話

(潮時……かな)  ゆっくりと、彼を起こしてしまわぬように気遣いながら顔を近づけ、その整った唇へと……触れるだけのキスをする。  刹那、長い睫が揺れた気がして暁は慌てて体を離すが、眉間に少し皺を寄せただけで唯人の瞼は開かなかった。 (どうしよう)  少しの間見つめていたが、起きる気配は全く見えず、このままここに寝かせていてもいいのだろうかと考える。  自分の力では彼をベッドへ運ぶ事は出来ないから、とりあえず暁は立ち上がり、クロークからブランケットを取り出しそれをそっと掛けた。 『辛かったね』  ふいに、小泉から言われた言葉が頭の中で木霊する。  全てを話した訳では無いが、唯人の事を恋愛感情で好きなのだということは、はっきり小泉へと告げた。  その他にも、唯人に強請られ小さな桔梗の刺青をいれたこと。  戸惑いはしたが、それを嬉しいと感じたこと。  唯人にとっての自分はただの遊びの駒だと分かっていても、優しくされれば微かな期待を胸に抱いてしまうこと。  話しやすい雰囲気と、吐き出したいという感情が相まって、気付けばかなり踏み込んだ話をしてしまったと暁は思う。  刺青の事を話した時、きっと無意識なのだろうが、頷きながらも肩の辺りを掴む小泉の姿を見て、唯人が以前話していた、昔飼っていた小鳥というのは彼なのだ……と、確信に近い感情を持った。  性行為について詳しく話すのはかなり躊躇(とまど)われたが、御曹司である唯人から、身代金を巻き上げようとしたヤクザによって拉致された事や、撮影をされてしまったこと……覚えている範囲の全てをポツリポツリと暁は話した。  沈痛な面持ちでそれを聞いていた小泉は、話が終わると大きな瞳にうっすら涙を浮かべていた。 『辛い……です。汚れたから……もう、俺は唯に触って貰えない』  暁が返したその言葉に、驚いたように目を見開いた小泉は、『本当に、大好きなんだね』と呟いてから、腕を伸ばして暁の髪へと掌で触れ、優しく撫でた。

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