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第148話

「昨日、叶多に何か言われた?」 「いや、それはない。昨日はホント、久しぶりに本の話とかしただけで……」  淡々とした口調で聞かれ、暁は内心ドキリとするが、小泉のせいにしたくないから、なるべく平静を保って答える。 「そうなんだ。じゃあ、どうして暁は、俺から離れたいなんて思ったんだろう」  怒っている気配は無いが、どこか違和感を暁は覚えた。 「それは……」  これまで散々考えてきた言い訳を……告げようと口を開いた刹那、急に世界がぐらぐらと回り、強烈な眠気に襲われる。 「暁、どうした?」 「……ゆい……俺、なんか…おかし……」  懸命に言葉を紡ぐが最後までは繋がらず……そのまま意識を落とした暁だが、視界が暗転する直前に、立ち上がった唯人がこちらへ腕を伸ばしてきたのは見えた。  ***   「平気かな。ちょっと効き過ぎじゃないか?」  椅子ごと床へと倒れかけた暁の体を抱き止めてから、抑揚もなく唯人が言うと、廊下に繋がるドアが開かれ、姿を見せた工藤が軽く礼をしてから入ってくる。 「即効性がいいとおっしゃっておいででしたので。乱用は危険ですが、一度くらいなら問題はありません」 「ならいい」 「お運びしましょうか?」 「いや。俺が運ぶ。それより工藤、捕まえた猫はそろそろなついたか?」  華奢な体を抱き上げながら、口端を上げて質問すると、一瞬瞳を見張った彼は、珍しいことに眉根を寄せ……それから小さくため息を吐いた。 「やはり、唯人様に隠し事は出来ませんでしたか。アレは……猫なんて可愛いものではありません。猛禽(もうきん)の類です」 「だろうな。その様子だと、かなり手こずってるようだけど、どうしてわざわざ手元に置いた?」  その答えも知っているが、敢えて唯人は水を向ける。  常に温厚な表情を見せる工藤の仮面の下にあるのは、猛禽類の王者を思わせる強靭さとしなやかさ。そして、獲物を狩る時に見せる狂暴さと狡猾さ。  長い間側にいたから、それくらいは知っている。  いつもは決して表に出したりしないのだが、今日の工藤はその雰囲気を隠し切れていなかった。

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