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第154話

(どう……して?)  何故今になって唯人がキスをするのかが暁には分からないし、どうして抱く気になったのかなんて、キス以上にわからない。  まだ必要とされているのならば、嬉しいと感じるが……きっとこれは同情なのだと思えば無性に悲しくなった。 (きっと……同情だ。だって、唯は……) 「なんで泣くの? そんなに嫌?」  いち速く、暁の異変に気付いた唯人が、唇を解いて尋ねてくるが、声を出そうにも涙と嗚咽が邪魔をしてうまく喋れない。泣くつもりなど無かったのに……止めることも暁には出来ない。 「うっ……うぐっ」 「しょうがないな……」  動きを止め、間近から暁を見おろしていた唯人だが、そのうち深いため息をついて、体を離すそぶりをみせた。 「……あ、やっ、ごめ……いま、とめる……から」  思わず、縋るように腕を掴んだのは止めて欲しく無かったから。  途切れ途切れに謝罪を紡ぐと、涙で歪んだ視界一杯に顔が近づき、そっと唇を塞がれた。 「俺に、言いたいことがあるんだろう?」  至近距離で紡がれる言葉に、怒気や苛立ちは含まれていない。それどころか、今まで聞いたどんな声より、深く優しい声音だった。 「安心しろ。止めたりしない」 「ひっ……あぁっ……ゆい、ゆいっ」  半分ほど挿入り込んでいたペニスが更に奥へと進み、悦い場所を緩く擦られた暁は、訳も分からず泣きじゃくりながら彼の名前を何度も呼ぶ。  体を軽く揺さぶられながら「ほら」と唯人に促され、目尻を舌で拭われた時、今までどうにか押し留めていた暁の本音が漏れだした。 「……きたない……から、も、いらないって……」  最初に口から零れ出たのは、長いこと暁を苦しめ続けた言葉だった。  その一言を声に出した途端、まるで堰を切ったかのように新たな涙が溢れ出す。  それは以前、覚束ない意識の中で耳へと入った言葉だったが、彼から直接「必要ない」と言われることを怖れるあまり、その真偽は問えなかった。  これまで……傍にいることが出来るなら、どんな事でも受け入れられると思っていたし、耐えられると思っていた。  代替品だと分かっていても、側にいられればそれで良かった。 (ちがう、そうじゃない。俺は……本当は、そんな事を言いながら……)  綺麗事を並べ立て、取り繕っていただけで、本音は別のところにあったと今ならばはっきり分かる。  思考と心のジレンマに、暁本人も気付かぬ内、精神的にも体力的にも追いつめられていたのだが、面倒くさいと思われたくなくて必死に蓋を被せていたのだ。

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