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第162話

「ちょうどそのころ、父親と母親の離婚が成立して、母親から、俺は体外受精で産まれたって聞かされた。小学生じゃ分からないと思ったんだろうし、後から聞いた話だと、かなり精神を患ってたらしい。体外受精についてはそのあと調べたけど、悪いことじゃない。たぶん母親は、自分を一度も抱かない父親を憎んだと思う。御園の血を残すためだけに買われたんだって言ったから。だから俺は連れていけないって出ていって……それから一度も会ってない」  淡々とした口調だが、彼の内面をあらわすように、繋がれた手がしっとりと汗ばむ。  それが自分の汗なのか、唯人のものかは分からないけれど、彼の心をもっと知りたいと伝えるために握り返せば、「やっぱり暁は変わってる」と、苦笑混じりに呟いた。 「母親に会えないのは、別にどうでも良かった。元々、家政婦や家庭教師に任せきりで、たまにしか会わなかったから。ただ、気になったことがひとつあった」 「それは……なに?」 「父親が、叶多の父親……小泉蓮と、浮気してるって話を耳にしたんだ」  あくまでも噂だったけど……と、説明を付け加えた唯人は、それから高校までの出来事を暁に話して聞かせてくれた。  叶多はその父親の蓮が、幼い唯人に引き合わせ、父親からも「仲良くしろ」と命じられたから、仕方なく傍へと置いていたこと。  蓮は父親の秘書をしていて、何度も会っていたけれど、彼に子供がいたというのはこの時初めて知ったということ。  唯人は蓮に、父との関係を尋ねた事があったけど、曖昧な否定をされて、信じる気にはなれなかったこと。  親の噂など知りもせず、純粋に自分を慕う叶多を(うと)ましく思っていたこと。  表面上では叶多に優しく接しながらも、陰では人を使って巧みに苛めさせていたということ。  それらを話す唯人の声に(よど)みや迷いは感じられず、第三者のように話すから暁は不思議な感覚に(おちい)る。だけど、頭の中は話の内容を噛み砕くのに精一杯で、その違和感の正体を探りだすところまでに至らなかった。 「他の奴らは、御園の息子の俺に下心を持って近づいて来るのが分かったから、操作するのは簡単だった。けど……叶多は違った」  汚い大人の事情も知らず、打算も計算もなしに唯人の傍にいる。

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