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第163話
そんな人間を初めて見たから、幼い唯人は戸惑いはしたが、そのうちに……そんなに自分を慕っているなら、楽しむための駒にしようと考えた。
「それで、小泉さんを苛めさせて……唯は楽しかった?」
思わず暁が口を挟むと、唯人は少し考えるような気配を見せ、それから息を一つ吐く。
「楽しいとはちょっと違うかな。苛められてるのを、俺に隠そうとしてる叶多を見て、満たされる気はしたけど……その理由も分からなかった。子供じみてるだろう?」
問われた暁が返事もできず、握った指に力を込めると、唯人は喉で低く笑って「そうだよな」と、呟いた。
最低だと思えるような話だが、それを誰よりも客観的に捉えているのが分かるから、否定するような事は言えない。
「高校に上がった辺りで、父と蓮の間には何も無かったことが分かったけど……父の蓮への想いは本物だった」
「どうして……分かったの?」
「蓮が病気で死んだ。で、その後、父がおかしくなったから」
衝撃的な内容に、聞いている暁のほうが緊張してしまい、喉もカラカラに渇いてしまうが、お構いなしに唯人は淡々と話の続きをし始める。
残された叶多には、難病で長期入院している母がいた。そして、そんな彼を唯人の父が、学費や医療費の援助を盾に監禁し、強姦したのだと聞いたときには、背筋を冷たい物が走った。
「馬鹿だなって思った。蓮に似ている叶多を替わりにするくらいなら、無理矢理にでも生きてるうちに、蓮を手に入れれば良かったのに……ってね」
「それは……ちがうと思う」
「そう? 暁は……何が違うと思う?」
思わず反論してしまい、気を悪くさせてしまったのではないかと不安になるけれど……当の唯人はそんな様子を全く見せず、暁の方へと体を向け、優しく体を抱き寄せながら耳元へ低く囁いてくる。
「唯のお父さんが、小泉さんにしたことは、間違えてるって思う。でも、だからって……それを蓮さんにすれば良かったとは、俺は思わない」
「どうして?」
「俺は、唯の話を聞いただけだから、詳しい事情は分からないけど、同意じゃないのにそんなこと……しちゃダメだ」
途中、先日自分が受けた暴行を思い出し、胸が苦しくなるけれど、それだけは……間違えていない自信がある。
だから、唯人の目を見てそう答えると、目を細めながら頷いた彼が暁の頬へとキスをした。
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