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第175話

「……やっぱり、泣き顔が見たい」  コクリと唾を飲む音が聞こえ、艶を纏った低音が暁の鼓膜を中から犯した刹那――。 「ひっ、や、アウゥッ!」  握りしめていた手が解かれ、背中へ回った彼の腕により、無理矢理身体を引き起こされて、暁の口からは悲鳴に近いが明らかな嬌声が上がった。 (少しは……自惚れても、いいんだろうか?)  一段と深くなった接合に体を細かく震わせながら、暁はぼんやりと考える。  唯人が自分のためだけに、意にそぐわない仕事をしていたと知ってからというものの、暁の心には申し訳なさと、ある種の喜びが同居していた。  嬉しいなどと思うこと自体、いけないことだと分かってはいたが、感情をうまく制御できず、そんな自分を心底恥じていたのだが――。 『僕は悪い事とは思わないよ』  今日会ってきた叶多の声が、ふいに頭の中へと響き、それに背中を押されるように暁は前へと腕を伸ばす。  視界は閉ざされ見えないけれど、手探りで彼の肩に触れ、驚いたように動きを止めた彼の首の後ろへと腕を回した。 「ゆい、好き。キス……したい」  強請る言葉を紡ぐだけで、緊張のあまり心臓がキュッと縮こまる。だけど、呆れられる心配ばかりしていては、きっと前には進めない。  告げた刹那、彼の体が僅かに堅くなったから……気を悪くさせてしまったのではと不安が一気に押し寄せるけれど、それは杞憂(きゆう)に過ぎなかったとすぐに思い知ることとなった。  *** 「ん゛っ……う……ふぅ」  そろそろ止めてあげないと、暁が意識を落としそうだと考えるまでは出来るのだけれど、彼の唇を犯すかのような激しいキスを止められない。 「ぐ……んぅ」  首の後ろへと回された指が皮膚に食い込んで痛いけれど、引っかかれる痛みですら今の唯人には心地良かった。  絡めた舌を吸ってから、唾液を口内へ注ぎ込むと、咳き込みながらも懸命に喉を鳴らす姿が愛おしい。 「今日はやけに積極的だな。叶多になにか入れ知恵された?」  僅かに口を離して尋ねれば、必死に酸素を取り込みながら、困ったように眉尻を下げる姿に胸がチクリと痛む。

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