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第10話 高嶺の花と透明人間。
恋愛対象が女性で無いと気付いたのは十二歳の冬。三年も前の話だ。
数ヶ月前、隣のクラスに転入生が入って来た。容姿の良さに加え親しみ易い性格、おまけにサッカーまで得意とくれば、持て囃されるのは自然な流れと言える。
女子生徒の中に紛れ、密かに熱い視線を送る男子生徒達もいた。俺もその中の一人、隣のクラスのエースストライカーに恋をした。
放課後、美術室からサッカー部の練習を眺めながらキャンパスに向かうのが俺の日課。
彼がゴールを決める度に心の中でそっと拍手を贈る。
チビでデブな容姿に加え内向的で友人もいない俺にとって、太陽の下で輝く彼は高嶺の花。俺は存在すら気付かれない。まるで透明人間みたいだ。
言葉を交わすどころか、視線を合わす日さえ訪れる事はないだろう。
彼の姿をキャンパスにおさめる。退屈で平凡な日常の片隅で、幸福感に包まれる唯一の時間。
三年生は地区大会を終えたら引退する。この教室から彼を眺められるのも、あと僅かだ。名残惜しげにグラウンドへ視線を向けると彼の姿がない事に気付く。
「その絵、もしかして俺?」
不意に背後から声が聞こえ、振り向くと彼がいた。
一瞬、キャンパスの中にいる彼が抜け出したのかと思ったぐらいに、目の前の現実が鮮明すぎて非現実的に感じる。
彼と視線が重なり、夢でも妄想でもないのだと気付く。
どうして彼が此処に? 誰かと待ち合わせでもしているのかな?
きょろきょろと辺りを見回したが、自分達以外には誰もいない。
「隣のクラス、だよな?」
「ど、どうして……」
緊張の余り声が吃る。
「いつも此処から練習見てたろ?どんな絵を描いてるのか気になってさ。この絵、俺だよね?」
「あっ、う、ごめっ……」
「何で謝るの?」
「だ、だって、ストーカーみたいで気持ち悪いかなって……」
「こんなに格好良く描いてくれてるのに気持ち悪いなんて思うわけないじゃん。ありがとなっ!」
「こ、こちらこそ……」
目を細めくしゃりと笑う彼が眩しくて下を向いた。目尻から垂れ落ちた雫がくすんだ板目の色を変える。
「何で泣いてんの?」
遠くから見つめる事しか出来なかった俺の存在を君が気付いてくれた。覚えてくれていなくても構わないんだ。寧ろ、あんなに酷い仕打ちをしてしまった俺を忘れてくれていた事に安堵した。
「何でだろう……」
きっと、彼と話せるのは、これが最後になるだろう。そんな大事な場面でさえも気の利いた台詞一つ言えない自分が心底嫌になる。
「俺の手、汚れてるから」
「……え?」
顔を上げると、少し困ったような、それでいて気恥ずかしそうな表情をした彼が、体操服の端を掴み俺の頬を拭ってくれた。
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