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第4話
人の住む場所から数十キロも離れた山奥で晃成と雪華は暮らしている。
深い雪に覆われまともな人間ならこんな場所に近寄ろうとは思わない。遭難しに来ましたと言っているようなものだ。無事に生きて帰れたなら御の字だ。
昔からバケモノが出ると忌み嫌われているここは、嘘じゃなく本当に魔のものが住んでいる。現に今コタツの中で惰眠をむさぼっている雪華は人間ではない。
普段はジャージ一択というゆるい姿をさらしているけど、本性は違う。
一目見ただけで魂を抜かれそうな冷たい美貌。視線が合うと誘い込まれ自我を失う。流れる銀色の長い髪は吹雪を呼び、口から吐き出される呼気は冷たく触れるものを凍らせていく。
細くしなやかな身体が動くたび、辺りの空気の温度はビキビキと下がっていく。すべての生命が彼の気持ち一つに委ねられている。それが雪の王、雪華の本当の姿だ。
晃成も一度だけ、その姿の雪華に対峙した。死の一歩手前のおぼろな意識の中、悪魔が迎えに来たのかと思ったくらいだ。それくらい美しく怖かった。ああ死ぬのかと一瞬で悟った。
それが何故、彼と一緒に暮らすことになったのか。
晃成自身にもよくわからない。
気がつけばここにいてコタツに住み着いた雪華との同居生活がはじまっていた。戸惑ったのも最初のころだけで、今では普通に生活を共にしている。部屋は暖かいし口にするのも普通の食材だ。
雪華と出会い、どれくらい時間がたったのだろうか。
人として生きていたはずの記憶もうっすらとしか残っていない。最後に見たのは友人たちが次々と凍え死んでいく姿。助ける術もなかった。命が消えていくのを見続け、次は自分なんだなと静かな時間の中で思った。
雪山登山をしようと言い出したのは晃成だった。大学の山岳部の仲間たちと、卒業前にみんなで記念になるようなことがしたかった。それがこんな結末になるとは考えもしなかった。
あっという間だった。数分前までいい天気だった雪山が見る間に姿を変え、晃成たちに襲い掛かる。真っ白な嵐にのまれ遭難し、人として存在することを一瞬で消された。
遠くなっていく意識の最後に、氷のような声が聞こえた。傍らに立つ美貌が冷たい視線で晃成を見下ろしていた。雪華だった。
彼は晃成に聞いた。
「生きるか、死ぬか選べ」と。
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