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第19話
今まで体験したことのない鋭い痛みが晃成を襲う。信じられない思いで腹を見ると刺さったナイフと流れる血が見えた。刺されたのだ、と理解するには少し時間がかかった。目の前でナイフを持った時の恰好そのままの男が渇いた笑い声を立てている。
「やった。バケモノ退治だ」
それを仲間だろう男たちの数台のカメラが映し続けている。怖かった。何を考えてカメラを向けているのか理解できなかった。目の前で誰かが刺され血を流している。それを笑っているものがいる。何も感じない無表情さでずっとレンズを向け続けるその心境が理解できなかった。
目の前が暗くなっていく。血の気がドンドンなくなっていくのがわかる。
「雪華さん……」
遠くなっていく意識の最後は好きな人の名前を呼びたかった。好き。そうだ、雪華が好きだった。
自由奔放でだらしなくて優しいあの人が、たとえ人間じゃなくて、冷酷な雪の王だとしても愛していた。もう一度笑った顔が見たかった。愛してると伝えたかった。
幾度身体を繋げても気持ちを伝えることはできなくて。どこか遠慮があったのかもしれない。身分の差。拾われただけのペットが想いを告げていい相手ではなくて。でも愛されていた。
「雪華、さん」
膝が崩れ落ちる。ドクドクと流れていく血は雪を赤く染めた。ドサリと倒れ込むと雪の柔らかさが晃成を包み込んだ。まるで雪華に抱かれているようで、安心して目を閉じた。
「寝るなよ」
ふいに聞こえた雪華の声に、うっすらと瞳を開ける。幻じゃない。雪華の腕の中に倒れ込んだ晃成は「ごめんなさい」と小さく呟く。
勝手な真似をしてごめんなさい。あなたを守りたいだけだったのに、余計なことをしてしまった。届いたのか雪華はふと笑みをこぼし「黙ってて」と囁く。
ビュウビュウと吹雪は激しくなっていく。雪華を中心に気圧が下がり温度が目に見えるように下がっていくのが分かった。体感温度がまるで違う。凍えそうな寒さの中「なんだよ」と人間たちの叫びが聞こえた。
「さみいよ。死んじまうよ」
ガチガチと歯の根はあわず、こすり合わせた手には力が入らない。感覚が薄れていく。
「マジもんヤベえ」
静かに怒る雪華を前にして、口の減らない彼らは最終通告を受けたのも同然だった。
「愚かよな」
ひしひしと感じる雪華の怒りに晃成は震えあがった。雪の王とは神とも同じ存在。冬を、雪を、司る王。すべてはその手の中にあるのだ。生きとし生けるもの、全てが雪華の采配のままに。
「これがカメラか? 撮ってやろう、お前たちの死にざまを」
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