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市知と十和

 カランカランと鈴の音を響かせながらドアを開けると、奥の方で焼きそばパンを食べる人とコーヒーを飲む人がいた。 その2人の背景には青々とした海が広がっている。 ご飯中に申し訳ないと僕は思ったのに、我が物顔でようちゃんは鼻歌を歌ったまま、中に入っていく。  「いあっはい」 発音が上手くない掠れた声を出したのは焼きそばパンを食べていた紫の髪の方だった。 「この音は……陽太やな」 深みのある声を発したのはコーヒーを飲んでいた赤い髪の方で目を閉じたままだ。 「おのほがおととふん?」 紫で目まで前髪がある男性が目を閉じた赤い髪の手を引いて僕らの前に来る。 「そう、ゆうまっていうんだ……ゆ・う・ま」 紫の男性にわかるように口を大きく動かして話すようちゃんで2人の秘密がわかった。 紫の方は耳が聞こえなくて、赤のおかっぱの方が目が見えないんだって。  「夕馬、三宮(さんのみや)さん達に挨拶して? 左が市知(いち)ちゃん、右が十和(とわ)くん」 ようちゃんの呼びかけに僕はハッとして、2人に挨拶をする。 「市知さん、十和さん……はじめまして。 朝日夕馬です。よろしくお願いいたします」 僕は小さい声になったけど、ちゃんと言って頭を下げた。 「おろひく!」 「よろしゅう、夕馬」 紫の方……イチさんは小麦色の肌に白い歯が映えるように笑い、赤の方……トワさんは目元に皺を寄せて笑ってくれた。  「夕馬はこの街に合う髪型に、俺は色褪せてきたから染めて〜」 ようちゃんは自分の家みたいに黒い椅子に座り、背にもたれる。 「了解。 じゃあ夕馬はわしがやるから、アホは市知がやってな?」 黒い椅子に手を伸ばして僕を座らせたトワさんは意地悪な顔をしてシッシッと笑う。 「ちょっと、十和くん! アホはないでしょ」 「あい!」 「あい、じゃないのよ市知ちゃん……」 いじられているようちゃんを見て、僕は初めてハハハと笑った。

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