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 切れた唇の血と、唾液と、吐き出された汰紀の精液が口元を汚していた。  コクリ  侑紀の浮きだった喉仏が動き、咥内の物を飲み下したのが分かる。 「美味い?」  問われ、侑紀は左目から流れ続ける涙を拭いもせず、小さく首を縦に振って見せた。  薄ぼんやりとした視界に、何度か瞬く。  右目ははっきりとはしないがまだ物の輪郭を見てとれたが、左目は白い靄が掛かってはっきりしなかった。  違和感を感じて右目だけの視線を上げると、左腕からチューブのような物が延びているのが見え、侑紀は再び瞬く。 「点滴だよ。色々ヤバイ状態だったからね」 「…て、んて ?」  どこかふわふわした感覚が体を覆い、自分が何処にいるか、何をされているかもピンとこないまま侑紀はおうむ返しに呟いた。 「ほら、体拭いて上げるよ」  突然額に触れた温かなタオルの感触にはっと身を固くする。 「ここ数日の汚れ、綺麗にしないとね?」  口元を拭われた際には痛みで跳ねたが、それ以外は従順に為されるがままだった。  侑紀の体を拭き終わり、ふうと息を吐く汰紀に、掠れた声が投げられる。 「コレ… 素人、でも出来る  …もんなのか?」 「家族ならね、まぁ…満更素人って訳でもないけどさ」  疑問が顔に出ていたのか、汰紀は侑紀を見下ろして微笑む。  その害の無い笑みに、侑紀はポカンと口を開けた。 「医大に行ってたんだ」 「い、だ……」  繰り返しながら、汰紀は昔から成績が良かった事を思い出していた。  そんな侑紀の耳に、するりと次の言葉が投げ掛けられた。 「父さんが亡くなって、中退したけどね」

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