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「恨み……じゃ、ないとは言い切れない。あの時はね?」  端整な顔が乞うままに侑紀はその唇に口づける。 「でもね、なんだろうね?…俺が憎んでいるのが、兄貴に抱かれた香代子に対してだって……気付いた。もっとも、気付いた頃には兄貴はとっくに家を出て、連絡先も分からないんだから…泣けてくる」  何に嘲笑ったのか分からないが、自嘲気味な笑みはどこか胸をひんやりとさせるものがある。 「そんなに、この家が嫌だった?」 「…嫌……っつーか。お袋の事もあったし…な」  ある日姿を眩ました母親。  楽しみの少ない狭い田舎では、噂は格好の娯楽だった。  繰り返し、陰で囁かれる興味本意な会話。  蔑むように投げ掛けられた視線の冷たさも、侑紀はまだ忘れられないでいる。 「向こうは気楽だしな」 「そう。でも…連絡先位は教えておいてよ」  ああ…そうか…と呟いて侑紀は頷いた。 「親父の事、ありがとうな。一人で大変だったろう?」  皮肉るように眉が上がり、汰紀は首を振って鼻で笑った。 「良くも悪くも、田舎だからね」  近所が手伝ってくれた…と言葉が続く。  小うるさい近所の人々相手に、まだ若い汰紀にどんな心労があったのかを思って侑紀は項垂れる。 「悪かった」  呟き、そ と汰紀の首に腕を回して抱き締めた。

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