3 / 8
第3話
貰った痛み止めを飲んだらよく効いたみたいで、サフランは昼頃には起きてきた。チビだった時の寝間着は袖や裾が余ってダボダボだったのに、半袖にハーフパンツになっていた。特に上の服はパツパツで、ハサミで切らないと脱ぐ事も出来ない有様だ。
結局サフランはシーツに包まってカモミール姐さんを待つことしかできなかった。
カモミール姐さんは午前と午後の診療の合間を縫って服を届けてくれた。だけど姐さんの嗜好を押して測るべきだった。派手な刺繍のシャツやらレザージャケットやらダメージジーンズやらばかりで、キツい顔立ちで長身のサフランが着たらまるでヤカラみたいだ。
「父親って盗賊でもやってたの?」
「シバくでガキ。立派な冒険者やったわ」
「え、ホント?!」
ずっとうかない顔をしていたサフランの表情がパッと明るくなった。
さっきまでこれはちょっと、とか言っていたのに
「そっかあ・・・」
と満更でもない顔だ。
「なんや、サフラン君は冒険者になりたいんか?」
サフランはちょっとはにかんで、それからキリッと吊り上がった眉と目を下げる。
「・・・僕には無理だよ」
カモミール姐さんは否定も悪戯な慰めもせず、そうか、と微笑んだだけだった。姐さんの病院には大怪我をした冒険者もたまに来る。
「せや、冒険者がぎょうさん集まる店があるねん。連れてったろか」
「え?!」
「マジで?!」
思わずオレも叫んでいた。実はオレもちょっと冒険者に憧れていたりする。
「"苔庭のイタチ亭"いう居酒屋でな、店長がしっかりしとるからトラブルも少ないし、メシも美味いで」
それはもしかして冒険者が集まって祝杯をあげたり酒飲みながら語らったりするアレのことか?
なんかすげえ大人な感じがするカッコいいやつじゃん。胸がドキドキしてきた。
サフランも同じみたいで、目をキラキラさせている。
「ほな夕方迎えに来るわ。マオリ爺さん、ええか?」
「爺さんお願いだよ、オレサフランの分も仕事するから」
爺さんはのそのそと大きな尻尾を引きずりながらどっかに歩いて行って、戻ってくるとオレとサフランの手に金を握らせてくれた。
「オレも行っていいの?」
爺さんはイグアナ頭の目を細めて、肉垂れに埋もれた喉をグルグル鳴らす。笑った顔なんて久しぶりに見た。嬉しさが込み上げてきて、サフランと一緒に爺さんに抱きついた。
夕方になると、白衣を脱いで黒い毛皮のコートを着た姐さんがオレ達を迎えにきた。
夜の街を歩くのも滅多にない事だ。
黒い切り絵みたいな街並みに、じんわりとオレンジや黄色の明かりが滲んでいる。いつもと違う風景を見ているだけでワクワクした。
サフランはと言うと、ちょっと背中を丸めてオレの肩に手を置きながら歩いていた。
背の高いガラの悪そうな青年がどう見ても年下のオレの背中に隠れるように歩いているのはやはり奇妙に映るらしく、すれ違う人間の視線をひしひしと感じる。
「オイ、離れろ」
「え、だって」
「大丈夫だって。ほらしゃんとしろ」
サフランの背中を叩くと、ひゃっ、と反り返った。
「じゃあ、手を繋いでもいい?」
しゅんとしながらオレの手を取る。それくらいならいいか。節の目立つ長い指を握る。
サフランの切れ長の目尻が嬉しそうに下がった。
端正な顔立ちだからか妙に艶っぽくて、急にサフランが大人になったように思えて、少し顔が熱くなった。
なんだこれ。胸がキュッとした。
「ほらほらボウズども早よしいや。ウチから離れたらあかんで」
数歩離れた場所からカモミール姐さんに呼ばれて、サフランの手を引っ張っていった。
さっきまで冒険に出るような高揚感に包まれていたのに、サフランの事で頭がいっぱいになって、胸が疼いて仕方なかった。
ともだちにシェアしよう!