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第4話

『苔庭のイタチ亭』は開店したばかりみたいだったけど、もう半分くらい席が埋まっていた。 カウンター席に座る。背が高くて糸目のイタチの獣人が少し離れた所で客と話していて、それが店主らしい。 「テオを怒らせたらあかんで。めっちゃおっかないねん。あとケツに気ぃつけや」 カモミール姐さんが声を落として話していると、金髪に黒い猫耳を生やした店員が注文を取りに来た。 「あ、金髪ギャルエルフだ」 「いきなり失礼なやっちゃな。 スカイ、山林檎サイダー2つに麦酒な。あとキッシュと虹灯芋のポトフと」 「待てよ、アンタ早口で訛りがすげえから聞き取りにくいんだよ」 スカイと呼ばれた店員は忙しなくメモを取る。 「え、ウチ訛ってる?西の方のエルフはみんなこないやねんで?」 カモミール姐さんはスカイと親しげだ。飲み屋の店員とこんな風に話してるのを見ると、やっぱり大人って感じがする。 「スカイ、こっちも麦酒な、それとブラスト」 金髪碧眼の色男と短髪で逞しい体躯の男が隣に座った。オレのすぐ隣の金髪の方は旅荷物らしき袋を肩に担いで腰には剣を下げている。 もしかして冒険者かな。え、この武器本物? 冒険者が隣に座っているというだけで、胸が高鳴った。 「なあスカイ、聞いてくれよ。アルゴのやつマジで火焔熊を1発で倒しちまったんだぜ」 「ヴィーノが大分弱らせたからな。おこぼれにあずかっただけだ」 やっぱり冒険者なんだ。それにモンスターを一発で倒すなんて相当強いんだろう。 気になってちらちら見てしまう。 そのうちに色男の青い目と目が合ってしまった。 確か、ヴィーノって呼ばれていた。 「お、どうしたボウズ」 「え、いや、あの」 困惑や憧れや嬉しさや照れがない混ぜになって、顔がどんどん熱くなっていく。どうしよう、なんか話したいのに思いつかない。 「よせ、子どもに絡むな」 ヴィーノの隣に座る逞しい体躯の男が言った。両手に籠手を付けて、手足の関節と脛に防具を当てている。拳闘士?でも腰に山刀を帯びている。 「そうだ、いいもん見せてやるよ」 ヴィーノの肩に担いだ袋から、大きな鉤爪のついた熊の手がぬうっと出てきて、思わずヒッと小さく悲鳴が上がった。毛も爪も肉球も真っ黒で、オレの顔と同じくらいの大きさだ。 「火焔熊の手。熊の手って珍味らしいぜ。 テオに料理してもらおうと思ってな」 「いやあ、それはちょっと・・・」 糸目を硬らせ、困ったような顔をして店主がやってきた。 「確かに珍味ですけど、臭みが凄いんですよ。 調理にも時間がかかりますし」 「マジかよ?!折角持って帰ってきたってのに」 「胆嚢や睾丸は薬になりますけどね」 「そうそう!高値で売れたぜ!」 「それはツケを払っていただけそうで何より」 「そ、そうだな・・・」 ヴィーノは目を逸らしながら苦笑いしていた。 テオは調理してみるのも面白そうですけどね、と熊の手を手にとってまじまじと見ていた。 それから料理と飲み物を運んできたスカイがそれを持って行って、垂れ耳のウサギの獣人に熊の手でちょっかいをかける。ウサギの獣人は垂れ耳をピーンと伸ばしてビックリして泣きそうになっていた。 なんだかちょっとサフランみたいだ。 サフランを見れば、じっとこちらを睨んでいてギクリとした。眉間にシワを寄せて金色の眼光を鋭く放っている。 「どうしたサフラン」 「・・・なんでもないよ」 サフランはふいと顔を背けた。 「バジル兄ちゃんは、ヴィーノみたいな人が好きなの?」 え?と思っているうちに   「ほら、バジルも食べえや。ここのポトフは絶品やで」 カモミール姐さんが麦酒をグビグビ飲みながらポトフの入った皿を突き出してきた。 確かに美味しくて、皿が空になるまで周りの事なんかそっちのけで料理を口に運んだ。 「スカイー、あ、ノエリオでもええわ。麦酒おかわり」 店は満員になって、店員達は忙しそうに動き回っていた。 ふと隣を見れば、冒険者2人は立ち上がってテオに金を渡していた。 「もう行くの?」 口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。 「おう、混んできたし、宿も探さねえとな」 「じゃ、じゃあ、うちに泊まっていってよ」 サフランが急に立ち上がって喋ったものだから、みんな目をパチクリさせていた。 ヴィーノはバツが悪そうに頭を掻く。 「あー・・・悪りぃな兄さん。オレにはもう相方が」 「なに言うとんねんこのドスケベ。この子の家が宿屋やねん」 カモミール姐さんが助け舟を出してくれた。 オレも勇気を振り絞る。 「そ、そうなんだ。安くしとくよ。 だから、その、もっと話を聞かせてよ」 段々声が小さくなっていって、最後の方なんて聞こえたかどうか。でも、 「そうか、それはありがたい」 拳闘士っぽい男が口の端を上げた。   「じゃあ待つとするか。オラさっさと食え。道案内しろ」 2人はまた腰を下ろした。オレとサフランは顔を見合わせて笑った。

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