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 元橋深美(もとはしふかみ)――それが藍沢が初めて付き合った女の名前だった。  元橋は特に目立つ存在の女子生徒ではなかった。容姿も普通で、何度か見ないと憶えていられないタイプの生徒だった。ただ注意深く観察すると、聡明で品がよく、幼い頃から周囲の人間に愛されて育ったような柔らかい雰囲気があった。誰に対しても寛容で、人を疑ったりはしない純粋な心を持っていた。  それは藍沢と同じ性質で、二人はよく似ていた。付き合っているという噂が立っても、あの二人ならと誰もが認めるような理想の恋人同士だった。  藍沢の口から事実を聞いた時、ショックで息ができなくなった。ゲイではない藍沢が自分を好きになってくれるとは思っていなかったが、幼馴染がこんなにもあっさり彼女を作り、それが自分を苦しめる現実になるとは想像もしていなかった。高校生の間は、せめて卒業するまでは二人でじゃれあっていたかった。  表面上、応援する態度を見せると、藍沢は彼女の話を頻繁にするようになった。それがどれほど自分の心を傷つけているかも知らずに楽しそうに話した。言葉や態度から、藍沢が彼女に夢中で、彼女もまた藍沢の事を深く愛しているのが分かった。  同じ本を読み、同じ音楽を聴き、彼女が作った弁当を俺の目の前で食べた。限界だった。藍沢が元橋と関係を持つ日もそう遠くはない。考えただけで心音が滅茶苦茶になり、吐き気がした。体が痺れるような嫉妬がある事をその時初めて知った。  もう何をしてもこの流れを止められない。藍沢が、ずっと好きだったこの男が、他の誰かのものになってしまう。  二人が並んで歩いているのを見るのが嫌で、藍沢から距離を置くようになった。知りたくなかった。二人がどうなるのかを知りたくなかった。  だから逃げた。藍沢から逃げ出した――。

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