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――顔も性格も何もかもよ。全部好き。体もね。
そう言った彼女の顔はどこか寂しそうだった。彼女は本気で藍沢が好きだったのだろう。たとえ抱かれなくても、本当の意味で愛されなくても、藍沢と一緒にいたかったのだ。俺と藍沢の気持ちが通じている事を知って、それを自分なりの方法で阻止するしかなかった。元橋の気持ちを考えると胸が締めつけられた。
さっきから何度も距離を置いた理由を尋ねたのは、俺の気持ちを確かめるためだったのか。だとしたらもう読まれたのだろうか。だから藍沢はこんな告白を俺にしている。勘違いだろうか。俺はどうしたらいいのだろう。心が掻き乱されて上手く整理できない。
藍沢は何がしたいんだろう。今更こんな話をして俺をどうしたいんだろう。理由が分からない。気持ちが見えなかった。俺はダメだ。本当にダメだ。そこに期待してしまう。自分に都合のいい解釈をしてしまう。それが怖かった。
「深美の事がまだ好きなら、連絡先教えようか?」
「え?」
「――あ、悪い。恋人からだ。ちょっと電話してくる」
藍沢は立ち上がると人の少ない場所へ移動した。背中が嬉しそうにしている。
持ち上げられて落とされた。いや、藍沢にそんな気持ちはなかっただろう。自分の被害妄想に苦笑した。あれから十年も経っている。お互い大人になった。あの頃、果たされなかった想いは、何をどうやっても叶えられない。だからこそ話せたのだ。藍沢の嬉しそうな横顔が揺れて滲んだ。
藍沢の相手はどんな男なんだろう。考えて、心がざわざわと騒いだ。じっと座っていられないようななんとも言えない気持ちになった。
見たくない、知りたくない。けれど、知りたくて堪らない――。
胃の奥がぐっと熱くなって、自分が小さな怒りを感じている事に気づいた。これは嫉妬だ。情けなくなって大きく息を吐いた。
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