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「雪、やんだな」  藍沢は窓の外を見て目を細めた。空港内のアナウンスは、滑走路を除雪して融雪剤と防氷剤を散布する準備が整ったと、繰り返し流している。朝までには一本の滑走路が使えるようになりそうだった。ほっと胸を撫で下ろす。  早く藍沢の前から立ち去りたかった。この男を忘れるのに十年掛かった。ここで不用意に心を揺さぶられて、また苦しい時間を過ごすのは嫌だった。あまりにも馬鹿馬鹿しい。自分が惨めだった。今日の事は全部忘れてしまおう。降り積もった雪が解けるように消えてなくなればいい。  言葉が途切れ、ぼんやりしていると窓の外に太陽が昇ってくるのが見えた。 「綺麗だな」  藍沢はぽつりと呟いた。朝日は驚くほど強く輝いて、冷たい空気を刺すように光の帯を広げた。眩しくて目を細める。光が心の深い所まで射し込んで、チクリと突き刺さるようだった。 「じゃあ、俺そろそろ行くわ」 「ああ」  藍沢はチケットを確認して立ち上がった。フライトが決定した便名が読み上げられている。自分も航空会社のカウンターへ確認しに行こうと立ち上がった。 「ほい」  藍沢は右手を出した。長い指がすっと伸びているのが見える。綺麗だと思った。自分も出して軽く握る。よく知っている大きな手だった。 「柔らかいな、おまえの手」  藍沢は握手を終えるとじゃあなと呟いて体を翻した。その足は淀みなく前へ進んだ。  藍沢が離れていく。あの日、校門で見た後ろ姿と同じだった。徐々に遠ざかっていく背中を眺めながら、これでよかったのだと自分に言い聞かせた。忘れてしまおう。これは日常に降りかかった神様の悪戯だ。  藍沢は連絡先を聞いてこなかった。今後、友人としてでも俺と会うつもりはないのだ。  もう二度と会う事はないだろう。そう思った。

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