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振り返ってくれる事を期待したが、藍沢は振り返らなかった。その姿を見ていると急に涙が込み上げた。喉の奥がぐっと熱くなり、何かが詰まったように苦しくなった。上手く呼吸ができない。胸の痛みで眩暈がした。手を見ると指先が小さく震えていた。
なぜだろうと思って、気がついた。
俺はあの男が好きだ。
藍沢の事がまだ好きだ。
違う。ずっと好きだった。馬鹿みたいにずっと――。
手放したくない。もうこれ以上、失いたくはなかった。
気がついたらその背中を追い掛けていた。走って追いついて叫んだ。
「友章!」
男はゆっくりと足を止めた。そのまま振り返らずにじっとしている。
「電話の男と別れてくれないか? そうしてくれたら、俺は一生おまえと一緒にいる」
藍沢は振り返った。眩しそうな顔で微笑んでいる。
「それはどういう意味で? 友達として、じゃないだろうな」
「ずっとおまえの事が好きだった。忘れられなかった。初めてしたキスを……忘れられなかった」
藍沢は一歩一歩確かめるように近づいてきた。
心臓が跳ね上がる。ダメでもいい。振られても構わない。こんな風に誰かを強く欲しいと思ったのは初めてだった。失いたくないと思ったのは二度目だった。一度目は卒業式の――藍沢が校門の外へ元橋と並んで出た瞬間だった。もうどうなったっていい。最初で最後の我儘だ。一生に一度の我儘だ。
「友章が好きだ。友章が……本当に好きなんだ」
滅茶苦茶なのは分かっている。けれど、止まらなかった。目尻が熱くなる。
「おまえ、そんな顔して泣くのな」
長い腕が頭に伸びて後ろを優しく撫でた。ふわりと藍沢の匂いがする。額をくっつけられて何かが唇を掠めた。柔らかいそれが風のように唇の先を撫でた。
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