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第3話

 それは、数年前、雨宮家へ初めて足を踏み入れた日のこと。折笠が雨宮に恋心を抱いた日のこと。その思いを捨て、折笠が雨宮の執事となった日のこと。  折笠は雨宮に悟られぬように、「少々、天邪鬼な読み方ですよね」と笑うと、雨宮も「いや、ユニークな読み方で私は好きだよ」と笑う。  すると、その時、雨宮の部屋をノックする音が聞こえてきた。 「聡明様。折笠さん。正司(しょうじ)でございます」  正司というのは1か月程前に雨宮家の執事になったばかりの青年で、折笠よりも年は5つ程上だが、折笠をぞんざいに扱うことなく、仕事の覚えも早い為、雨宮も折笠も信頼を置くようになっていた。 「どうぞ」  雨宮が正司を部屋へ入るように促すと。正司が会釈する。  そして、雨宮の部屋をノックしたのは雨宮に来訪者がいるからだと言った。 「どうも俄かには信じがたい感じなのですが、聡明様のご友人の弟分の方で、香井様と名乗られておりました」  正司の『俄かには信じがたい』というのは香井がヤンキーだということなのだろう。  確かに、赤や紫、金の入った髪をオールバックにして、襟足を伸ばしている香井と、雨宮グループの御曹司でもあり、誰の目からも品行方正で、非の打ち所がない青年で通っている雨宮と接点があるようには思えない。   あの半年前の、雨宮と梅木原の出会いを知らない者にとっては、香井が街で誰かに絡んでいたところ、雨宮に窘められて、その時は引き下がったが、「治療費」と称して、金をせびりに雨宮家へやって来たというくらいに思われても仕方なかった。 「一応、第7応接間の方でお待ちいただいておりますが……」 「分かりました。すぐに行きますので、香井君にはそのまま待っていてもらってください」  正司はてっきり雨宮が「すぐに追い返すように」と命じるとばかり思ったのか、目を丸くすると、「失礼いたします」とまた頭を下げ、部屋を後にした。 「梅木原君、香井君に伝えてなかったのかな?」  ちなみに、雨宮も折笠も香井の連絡先は知らない。  というのも、香井の言い分だと彼が雨宮家を訪れるのは雨宮と慣れ合う為ではなく、兄貴分である梅木原を案じてのことらしい。実は、梅木原と雨宮が旅行に行こうと計画したのも、雨宮達に何かとつっかかってくる香井に少しでも親和的に接して欲しいからだった。 「まぁ、香井様もそそっかしいところがございますから。それより、聡明様……」 「うん、お待たせするのは良くないね。とにかく行ってみよう」

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