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第9話

「雨宮家に迎えていただけるのは大変ありがたく思い、感謝しているところではございますが、聡明様と同じ学校へも通わせていただき、無償でこちらにも置いていただくというのは……」  折笠が初めて雨宮家へやって来た日から1週間あまりが過ぎた頃、少年でもこの待遇が親切を越えて、破格のものであることは判る。  確かに、1年に数度しか会わないとは言え、実父母と別れ、生まれ育った折笠家を離れた。転校もして、環境が変わったことにも疲弊したが、あの赤札が貼られ、既にガランとして気配を見せ始めていた屋敷に比べると、折笠にとって雨宮家は勿論、雨宮一家は暖かなものだった。  だが、折笠としては物理的な居心地が良ければ良い程、精神的な居心地はどうも悪くなる一方で、たまたま廊下で、すれ違った公明会長に声を上げた。  まだ小柄で、目が大きな雨宮と比べると、上背もあり、切れ長の目の公明は一見、似ていないが、甘やかに整っていた顔立ちと柔らかな言葉遣いは彼から引き継いだものだろうと折笠は思う。 「どうして、そこまで、私に温情をかけてくださるのでしょう。私が路頭に迷うのも折笠の家の者として当然でございますし、仮に、それが目覚めが悪いであれば、施設に送るなどいくらでも手がある筈なのに……」 「君は強いばかりではなく、聡い子ですね」 「強い?」 「私も君と同じくくらいの時に空手や格闘技をやっていたが、紫帯になったのは君よりもずっと年齢を重ねてからだった」 「……」 「君の気持ちも分からないでもないですが、妻のちょっとした我儘とあの子の細やかな願いだと思って、あの子の傍にいてはくれないでしょうか」  まぁ、君がどうしても、嫌だと言えば、ここではない別宅と君の言うことを聞く使用人を2、3名つけるが……と公明は言うと、この話は終いだとばかりにすれ違っていく。  折笠よりも2歳下の聡明の願いに振り回されて、自身の人生が決定していく。 それは雨宮グループより格下のグループの長子とは言え、当時の折笠にとって耐えがたいことだった。

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