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第10話

 雪が屋根からザクっと音を立てて、落ち、折笠は目を覚ました。  使用人の部屋にしてはキングサイズのベッドを始め、美しい細工の施されたクローゼットや大きな執務室にも見劣りしないデスク等が置かれた、豪華過ぎる一室。  ベッドサイドのライトを点け、時計を確認してみると、まだ夜中の3時を過ぎたばかりで、執事と言えど、起きるにはまだ早い時間帯であることが分かった。 「雪の日は……やはり、あの時のことを思い出すのですね」  折笠は再び、ベッドサイドのライトを消し、眠りにつこうとすると、中庭の方が明るいことに気づく。 「やれやれ……」  折笠はいつものスーツ姿に着替えると、眼鏡をかける。傘を持ち、中庭の方へ向かった。 「香井様」  げっ、と言わんばかりの顔をし、折笠を見る香井は「はいはい、すぐに部屋に戻りますよ」と雨宮家の第3ゲストルームの方へ踵を返す。すると、折笠は雪の上に無駄な足跡をつけず、香井の方へ歩み寄る。 「いえ、小雪にはなりましたが、傘を、と思いまして」  そう言うと、折笠は香井に紺色の傘を差し出す。半年前に見た、雨宮の傘とは違い、ネームプレートはついていないみたいだが、折笠の人柄を表すように、シックで、ものが良さそうな傘であることは一瞬で分かる。 「要らねぇ、というより、俺は雨宮坊ちゃんじゃねぇんだ」 「ええ、香井亜嵐様。梅木原様の弟君分。勿論、我が君ではないとは存じておりますとも」 「……その眼鏡、度、合ってるとは思えねぇけど。というよりは、性悪な方が問題か?」  毒をもって毒を制すというのは彼らのためにある言葉のように、香井が毒づくも、折笠は一見、薬のような猛毒で香井を黙らせる。 「性悪とは心外ですね。まぁ、よろしいでしょう。……快適というよりは居心地がよろしくないのではありませんか?」  折笠は傘を受け取らない香井に向かって、問いを投げかける。誰の目にも香井が雨宮や雨宮家に対して苦手意識があるのは明らかだが、香井は意表を突かれたのか、慌てたような表情を見せる。 「まぁな、堅苦しいのは苦手だわな。俺みたいなヤツが住む世界じゃないし、住みたい世界とも思わねぇ」  香井はそう言うと、コートのポケットに両手を突っ込んで、まだ雪明かりの残る淡い藍色の夜の空を見上げる。

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