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第11話

「正式にはこの1月から、か。折笠グループの再建を祝してって言った方が良いか? 香井亜蓮(あれん)の次男・香井亜嵐として」 「……別に、無理しなくとも、と言うところではございますが、素直に折笠の家の者として感謝を述べます。ありがとうございます」  折笠は恭しく首を垂れると、香井は「やっぱ性悪だ」という。 「最初は分からなかった。性悪なのはガキの頃と変わらないけど、印象がガキの頃と変わってたから。なんつーか、地味になった?」 「ふっ、貴方は学校だけじゃなくて、パーティーとか顔合わせの時もしょうもない悪さをして抜け出していたじゃないですか? 最初と最後はふらっと戻って、さも、ずっといました感じで」  まぁ、そこまで、親しい間柄ではなかったと折笠も香井もお互いに、思うと、香井が話を続ける。 「金に困っていたとは言え、あの意識もプライドもくそたかーい折笠賢聖サマが雨宮家の執事、なんてな……」  意外だったと香井は自身の感想をつけ加えると、折笠はふっと笑う。  何よりも自分自身が意外に思ったのだと…… 「確かに雨宮家から融資を得て、新たに事業を起こし、返済する方法もあったことはあったのでしょう。でも、敢えて言うのなら、雨宮聡明という人間に出会ってしまった」  柔らかなアッシュベージュの髪色をした、生まれながらにしての皇子。  はっと息を飲む存在ではあるものの、常に自らに様々なものを課し、それを己のものとして乗り越えていく。そして、弱き者には手を差し伸べ、弱き者に対しても、尊敬と礼儀を欠くことがない。  雨宮家に相応しい人間であろうとする。 「特に、聡明様に何か、決定的なことを言われた訳ではないのですが、彼と接していくうちに、彼に寄り添って生きることが自然なことのように思えたのです」 『たとえ、折笠の家の再建が叶わず、折笠の家を捨てることになっても、雨宮聡明に抱いた全ての思いを捨て去っても、彼の幸福を願う』 「貴方も梅木原様に対して、私と近い思いでいらっしゃるのではないですか?」  折笠は「日の出までにもう一降りするようですよ」と締めくくると、今度は傘を香井に渡す。  ひょろりとした身には、御曹司に似つかわしいスーツではなく、飾り気のないスーツ。小綺麗に短めにカットされたダークブラウンの髪の男は最初から中庭の香井の前にはいなかったように立ち去り、消える。  彼が主である雨宮に恋した思いも遠い日のみに残り、最初から存在しなかったように捨て去られ、消えていく。

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