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第2話 - 4

最初は一夜(いちや)の遊びってことで満足していたのに。 今は、ナオヤをもう二度と抱けないのかと思うと気が狂いそうになるんです……  私はこの仕事が好きで、生きがいです。なのに、手につかない状態で…… もう自分ではコントロールできなくなっているんです。 大谷さんは、そこまで一気に話し終えると、はあーっと大きくため息をついた。 ドアを開けた時の人好きのする笑顔はすっかり消えて、恋に身を焦がしてヘロヘロの抜け殻みたいになっていた。 「大谷さんは、どうしたいですか?」 蘆谷(あしや)先生は、静かにたずねた。 「どうしたいか、ですか。 そうですねぇ……  私も身の(ほど)はわきまえているつもりです、頭ではね。 ただ、心が追い付かない……  この恋は終わらせるべきだと、わかってはいるんです。 私には、仕事があります。大事な仲間もいる。それに、私は仕事が好きなんです。小さな頃からの夢だったし、やりがいも感じている。今も変わらない情熱と面白さも感じている。結論は出ているんです。 一瞬でも、この年になってまた恋の輝きを感じる機会をくれたナオヤに、本当は感謝しているんです。楽しかった。 ただね、どうにも去りがたいんです……」 「(うけたまわ)りました」 そう言って、先生はカウンター奥の部屋に薬の調合に立った。 10分ほどして先生が薬を持って再びテーブルに戻って来た。 「使うタイミングは大谷さん次第です。  水に数滴、垂らして飲んでください」 大谷さんは、先生の処方した薬を持って帰っていった。 大谷さんの背中を見送りながら、ボクは先生に話しかけた。 「切ないですね」 「そうだね。切ないね。  まぶしいほど美しくて夢中になってしまているのに、その気持ちを手放さなければならないって、それは苦しいでしょうね」 甘かったりキラキラ輝いてときめいたり、苦しかったり…… それが恋なんだ…… 数週間後、テレビを見ていると、ある人気番組に名物ディレクターとして大谷さんがカメラの前に引っ張りだされてるところを目撃した。仲間に囲まれて、すごく楽しそうな、良い笑顔をしていた。 先生に報告しておこう。 大谷さん、大好きな仕事にまた打ち込めるようになったんだな。あの薬、飲んだのかな……  カルテにも追記しておこう。 今回先生が処方したのは、たぶん恋の傷を癒すとかナントカ、そういう薬かな。教えてくれないから分からないや。あとできいてみよう。 (第2話 END)

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