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第5話 - 2

「おいルイ。朝倉くんに、これ渡して!」 「は?」 見ないフリして聞き耳を立てていた通学仲間も、思わず寄って来た。 「何これ、ラブレター?」 「チョコも?」 「原田が朝倉くんに?なんで?」 「オレも朝倉くんのこと、カッコいいって思ったんだよ。悪いか!?」 「悪いに決まってるだろう」 「なんでルイが渡すんだよ?おかしいだろ?」 「渡したいなら、自分で渡せば」 「なあルイ、渡してくれるよな」 ボクは、どうしていいか分からなくなった。 原田がそんなこと言いだすとは、予想もつかなかった。 ボクは自分の思いを伝えるどころか、挨拶もしたことないのに。 なんで原田のために?そんなことさせられるわけ?やらなくちゃダメなの??? 胸が詰まって頭がクラクラした。 「ごめん、急ぎの用事、思い出した。ごめん」 「え?ルイ、どっか行くの?」 「うん、ごめん」 ふらふらと校門を出て、どこともなく歩いた。 「君、大丈夫?」 声をかけてきたのが、蘆屋先生だった。 「あ、大丈夫です」 呼びかけられてハッと我に返ると、何故だか涙が出てきた。 どうしてなのか、分からない。 「少し休んでいきますか?」 心配そうにのぞきこむ優しい眼差しと、それから、花のいい香りがしてきて、ボクはすがりつきたくなってしまい、ビルの階段を一緒に降りた。 ドアの先は、ブルーの厚い絨毯に、クラシックな品のよい木調のインテリア。バーのようだった。 「そこに座って。はい、水をどうぞ」 グラスを受け取りごくりと飲むと、泣き出したい気持ちがおさまった。 「あの、ここは…?」 「私の店です。昼間は恋愛セラピーをしています。夜はバーをやってます」 「恋愛セラピー?」 「そう。恋の相談室。誰にも言いづらい恋の悩みを話しに来るところ」 「へえ……あの、ボクでも相談できるんですか?」 「もちろん」 「ええと……高いですか?」 「相談だけなら無料です」 「無料?相談だけなら、って、他に何かあるんですか?」 「はい。希望される場合は、処方薬を出します。それは有料」 「薬?あの……クスリって、ヤバいヤツですか?」 「ヤバいヤツ?ふふふ まあ、使い様によってはヤバいかもね。 でも、違法薬物などではありませんよ」 「薬剤師なんですか?」 「一般的な薬剤師、とはちょっと違いますね。太古からの知恵に基づくものです」 「インドの山奥に伝わる秘密とか?」 「そうですね」 「タイとかバリとか漢方とか?」 「おや、よく知っていますね」 「あの、今からでも、相談できますか? ボク、藤原 瑠偉(ふじわら るい)っていいます。中学2年です」 「いいですよ。私は蘆屋 優斗(あしや ゆうと)といいます。 ところで、ルイ君。音楽は好きですか?」 「音楽ですか?はい、好きです。なんでも好きだけど、 ピアノやってて、いや、やってました。こないだ辞めちゃったんですけど」 「では、ドビュッシーは好き?」 「はい。こないだ『亜麻色の髪の乙女』を練習してました」 軽く頷くと、蘆屋先生は静かな音量でドビュッシーの曲を流し始めた。 ボクはすっかりくつろいだ気持ちになっていた。 それからボクは、朝倉くんのことや、原田のこと、なぜだか胸が詰まるような思いがこみあげて悲しくなったことをポツリポツリと話した。 蘆屋先生は忍耐強くボクの話に耳を傾けてくれた。 「ルイ君。やりたくないことは、断る方が良いです。 イヤイヤ引き受けても良いパフォーマンスはできないし、なにより、自分自身の事がイヤになるでしょう。断ったっていいんです。自分が好きな自分でいる方がいい。 自分の思いを大切に、その通りにしてごらん。その先が開けますよ」 先生はそう言ってくれた。 翌日ボクは学校で、思い切って原田に言った。 「原田、ボクからは渡せない。 原田が朝倉くんのこと好きになったなら、それはそれで仕方ない。 けど、それは原田の思いだろう?ボクのじゃない。自分で渡せよ」 ボクから原田に話しかけるのは初めてだった。 断るのも、初めてだった。 原田は驚いた顔で「お、おう」とだけ答えた。 実際、言葉にしてみると、あっけないほど簡単だった。重かった気分もスッと楽になった。 その後、原田がどうしたのか、ボクは知らない。知りたくもなかったし。 それから朝倉くんが高校を卒業するまで、ボクは相変わらず通学電車で彼の姿を目で追った。 結局一度も、話しかけることも、手紙を渡すこともなかった。 もっと言うなら、下の名前も知らない。 写真は、一枚だけ。修学旅行の時の写真を、友人の友人からもらったことがあった。その1枚きりだけど、どこにいったか分からなくなっちゃった。 朝倉くん、その後どこでどうしているのかな… 今はもう、遠い記憶です。 淡すぎるボクの恋と、蘆屋先生と出会った時のお話でした。 (第5話 END)

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