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第7話 【石井さん(会社員)】 - 1
「先生、今日は石井さん、2回目のカウンセリングですね。何か進展報告ですかね」
1回1時間のカウンセリングは無料なので、ただ話を聞いてほしくて何度も通って来る人も少なくない。
石井さんも前回は、話すだけ話して帰っていった。前回は……そう、3週間前だった。
悩んでいるようには見えない、明るく元気で感じの良い若手サラリーマンだ。
前回、石井さんは、こんな話をしていた。
石井さんが現在の会社に就職して2カ月。
大卒2年目の、いわゆる第二新卒だそうだ。
同じころに入社した同期と2人、新人教育係の先輩社員にも恵まれ、順風満帆の新生活。
その、指導係の先輩社員に心惹かれ始めた、という話だった。
が、石井さんはゲイというのを隠している。
まあ会社でわざわざ言うようなことでもないけど。とにかく先輩社員も周りも知らないらしい。
「先輩はノンケだし、新しい職場も気に入っているんです。今の状況を壊したくない。なのに、好きな気持ちが日に日に強くなるんです」
そんな話だった。
先輩社員がノンケと考えられる理由として、こんなことを言っていた;
先輩の男と女の恋愛アドバイスが、ものすごく的確。具体的で、実践的で。経験してなきゃ分からないレベル。
実際見た目もカッコいいし仕事もできて、明るくて優しくて、女性社員の間でも大人気。今までの人生で女に困ったことなんて、ないと思われます。
その先輩と僕と同期の西村君と3人で、よく飲みに行くんです。西村君に好きな女性ができたんですけど、西村君は大人しくて女性経験が少ないタイプで、先輩にアドバイスをもらってるんです。そのアドバイスがすごい。
西村君が、
「とりあえず、飲みに行こうって誘ってみようかと思ってるんですけど、どうですかね」
ときくと、
「いきなり『お茶しよう』とか『食事に行こう』はダメだ」
と言うんです。
「警戒されるぞ。
突然『付き合ってください』もダメ。絶対、引かれる。まずは『話しやすくて楽しい人』という印象から売り込めよ。西村君は特に優しい男だから、そこを分かってもらうのがいいよ。
基本だけど、普通に挨拶から始めたら?最初は短く「おはよう」だけでいい。慣れてきたら挨拶に、ひとことだけプラスするんだ。『いい天気だね』とか、『雨、降りそうだね。傘、持ってきた?』とか。簡単でいいんだ」
西村君は言われた通り挨拶から始めて、天気の話くらいできるようになりました。
すると次の指示はこうでした。
「よし。じゃ次は、ランチの美味しい店を教えてくれ、と言ってみろ。まだこの辺りを知らないから、とかなんとか言って。けど、焦っちゃダメだ。『じゃあ一緒に』なんてのも、最初は我慢しろよ。まずは偶然を装い同じ店に入る。一人でね。『あ、偶然だね。いい店だね、教えてくれてありがとう』とか、そんな感じのことを言うにとどめること。2度顔を合わせた時に『隣、いいかな?』と言う。話題は、その店のメニューなんかいいだろうね」
真面目な西村君はその通りやって、時々一緒にランチするほどになったんです。
こないだはキスのやり方も言ってましたね。具体的に。
「唇を付ければいいってもんじゃない。まっすぐいくと歯が当たるから。ガチンって当たると気まずいから、そこでおしまいになっちゃう。下唇を狙うんだ。
強く吸っちゃダメだよ、そっとね。その時、頬に手を添えるといいよね。顔を少し斜めにして。鼻もぶつからないし。
……いやいや、片手だけでね。がっちり両手でロックオンしたら相手もビックリするよ。15度くらい首をひねって、こう、そっと添えて……」
それでそれでー! 僕の頬に手をあてて手本を見せたんです!!
口から心臓が飛び出すかと思いました、ああああああ~~~焦った~~~!思い出したらドキドキしてきました、すみません。
そ、そんな感じで、あれはかなり慣れてる感じですよ!いや焦った~~~~~
前回のカウンセリングは、石井さん自身が話ながら照れまくって、「また来ます」と出て行ったのでした。
カラン カラン……
ドアが開いて、石井さんが入って来た。
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