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第8話 【鈴木さん(元家庭教師)】 - 1
「蘆屋さんて、恋愛相談やってるんだよね? 僕でも相談できるのかな」
バーの常連客の鈴木さんが、カウンターでグラスを傾けながら言った。ボクが中学の頃、家庭教師をしてくれていた人だ。
ついに、恋愛と縁遠かったあの鈴木先生が、恋っ!?
ボクはなんだか嬉しくなった。 あ、でも、悩んでるのか。
「もちろんですよ。聞くだけなら今でも構いませんけれど、人に聞かれたくない相談でしたらルイ君に言ってください。受付担当ですから」
そうして改めて数日後、鈴木さんが恋愛セラピーにやって来た。
鈴木さんの話はこうだった;
実は、恋人ができまして。うん、最近です。
そう、初めて。
ああ、ありがとう。そうだね、良かったです。
でも、それがね…… 僕がウイッグを着け始めた後に出会ったものだから、相手は僕の本当の姿を知らないんです。
僕のことをすごく尊敬してくれていて、好きでいてくれるんですけど、それって、ウイッグを着けた僕なんですよね。
だって、着けるまでは、誰からも一度も告白なんてされたことないんだから。今の、この姿の僕が好きなんですよ。
だから、言いだせなくて。でも、ウソついて騙してるみたいでね。
言わなくちゃいけない、と思ってるんです。言わなくたって、いつかはバレるだろうし…。でも、嫌われるのが怖いんです……
ええ、僕は真剣です。ずっと一緒に居たいと思ってます。
だから、悩んでるんです。
単純にはいかないですよ。
こないだインターネットで見たんですけどね、結婚後に旦那がウィッグ着けてると知った妻が離婚訴訟を起こしたというんです。
『たかがカツラ』と思われるでしょうが、実際、訴訟を起こされるほどの問題なんですよ。さらに、その結果がまたショックでね。妻が勝訴したというんだから。深刻な問題です。
一体どうしたものか。
いずれ言わなくてはならないとしても、いつ、どうやって? いやでも、言ったら終わってしまうかもしれない……
頭の中でグルグル考えて、堂々巡りです……はぁ
ため息をつく鈴木さんの姿に、ボクは胸が痛んだ。
ボクは単純に、鈴木さんが変身してカッコよくなって、すごく楽しそうだったから、嬉しいばかりだった。けど、その状況は想定外だったな。その人の事が本当に好きなんだな…… 悩んで当然だ。
でもね、本当に好きなら、ヅラだっていいじゃないか! 鈴木さん、頑張って! そんな事で嫌いになるなら、そんな人やめちまえ!
ボクは心の中で一生懸命、鈴木さんを応援した。
結局その日、鈴木さんは相談だけして帰っていった。蘆屋先生が「処方薬は必要か?」と尋ねることもなかった。
「蘆屋先生、どうするんですか?
相手に惚れ薬を飲ませて、ヅラでも好きでいられるようにしたらいいんじゃないでしょうか」
「そうだね、そういう方法もあるね。でも、少し考えがあるんだ。もうしばらく、このまま様子を見ましょう」
鈴木さんの恋がうまくいきますように……
心の中で強く願った。
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