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第10話 【津川 拓海さん(会社員)】 - 1

「先生の恋愛相談って、具体的にこうしろ、みたいな返事しないですよね。  なのに、なんとなく解決していく、みたいな」 恋愛セラピーの来訪者準備をしながら蘆屋先生にきいてみた。 「ん? まあ、そうですかね」 「ボク今、大学で心理学のカウンセリング概論っていう講義をとっているんです。  そこで、カウンセラーが返事をするときに、うなずくか、相手の言った言葉をオウム返しに繰り返せ、っていうのがあって。  今日の講義は学生同士で、相談者とカウンセラーの役で演習したんです」 「そうですか。どうでした?うまくできましたか?」 面白そうな笑みを浮かべる先生。 「いや、それがなんだかわざとらしくて。  自分の言った言葉をいちいち繰り返されると、なんだかイラっとしちゃうんですよね。  あれって、タイミングとか難しいんですね」 「ハハハハハ そうかもしれませんね。ただオウム返しされると確かにね」 「なんか上手く聞くコツとか、あるんですか?」 先生も、相談者の話の途中で相手の言葉を繰り返すこともある……かな? いや、あったと思うんだけど明確に思い出せない。 先生は聞き上手で、なんていうか相談者が話をしながら自分自身の思考を深めていけるような雰囲気をつくるのだ。 「コツ、ねえ。  まあ、敢えていうなら、興味を持って相手の話を聞くことですかね。  人って、相手の話を聞いているようでいて、実際ほとんどの場合、本当に興味を持っているのは自分自身のことなんですよ。  そこを分かった上で、意識して相手の話に集中するといいんじゃないかな」 「へええ、そうなのか。  それだけなんですか?  あと、こう言っちゃなんですけど、大したアドバイスをしていないのに解決しちゃってますよね。あれはどうしてですか?」 「ハハハハ 大したアドバイスをしていないとは手厳しいな。  まあ確かにそうかもしれないね、ルイ君、面白いなぁ。  それはね、人は、相談する時点で、実はすでに結論が出ているからなんですよ。  誰に相談するか、どう相談するか、それを決めた時点でね。  何か答えを教えてほしそうにするけれど、実際は自分の結論はもう出ていて、それに賛成したり、背中を押してほしかったりするだけってことがほとんどなんです。  自分の思う方向に進むためにそっと後押ししてあげる、というのが私の役割かなと思っていますよ。  実際、意図的にこちらの思惑に従わせるのは、すごく難しいんです。本人の意思と違う事を言われると、なんやかんや理由を付けて従わないようにするものだからね。  けど中には、相談に応じるフリをしながら都合よく従わせる、ということもありますよ。  そういう場合は、例えば洗脳であったり催眠であったり薬物であったり。  あたかも自分自身が選んだかのような錯覚を持たせるような方法が用いられるわけです。  私のカウンセリングは、私に思惑があるわけではないですからね。  本人が自分で幸せを掴めたらいいと、それだけです」 そんな話をしているうちに、予約の時間になった。 カラン カランとドアが開き、今日の相談者が入ってきた。 「あの、こちら蘆屋先生の恋愛セラピーで合ってますでしょうか」

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