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第10話 - 6
それから1週間ほどして、津川さんからメールが届いた;
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蘆屋先生、
先日は色々とお世話になりました。
相談しておりました件、なんとか乗り越えましたので御礼かたがたご報告いたします。
お話した通り、先輩の会社に転職することに決めました。
せっかく先生に助言いただいていたのに、退職を上司に申し出る際、少し大変でした。
先生に言われた通り飲み物を出したのですが、上司が飲む前に話を切り出してしまったのです。
辞めたいと言った途端に上司の態度が急変し、会議室のドアに鍵をかけられて抱きつかれ、ものすごく驚きました。
『先にお茶を飲ませろ』と先生が言っておられたのを思い出しました。
必死で腕を振りほどいて、なんとかお茶を飲ませて話を進めました。
無我夢中で何をどう話したのかよく思い出せませんが、とにかく辞表を出して会議室を出ました。
その後上司は何も言ってきません。
ありがたいことに総務の社員が親切に対応してくれて、来週から残りの有給休暇を消化できることになりました。
次の会社の出社まで少し海外にでも行って来ようと思っています。
なぜ上司があのような行動に出たのか、どう考えたらよいのか全く分かりません。
が、あの日のことはもう思い出すのも嫌だし、上司から教えられた事も多く感謝もしているので、あれこれ考えず、感謝の気持ち以外は忘れようと思っています。
また新天地で頑張ります。
この度は本当にありがとうございました。
津川 拓海
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「先生、津川さんの上司の……勝利さんっていいましたっけ、津川さんの事が好きだったんですかね? 先生は分かってたから薬をすすめたんですか?」
「うーん、そうですねぇ 好きにも色々あると思うんですがね。可愛がっていたことは確かでしょう。
リストラなんて、かなり精神的に負担も大きいでしょうから、津川さんが癒しになっていた部分は大きかったでしょうね。津川さんもとても慕っていたようですし。
慕われるというのは嬉しいものですよ。
そんな部下が突然、手元から去ると言うのだから。色んな感情が一度にあふれ出しても仕方ないでしょうね。
温厚で情が深い人のようですけど、そういう人ほど裏切られた時のショックは大きいものです」
「そっか…… 上司の人もちょっと可哀そうですね。っていうか津川さんって、結構サバサバしてますよね」
「サバサバっていうか、ね。そんなものなんじゃないですか。まあ津川さんは若干他人の想いに少し鈍感かもしれませんけどね。
それよりルイ君、突然辞めるなんて言わないでくださいよ? 私はショックで心臓が止まってしまうよ」
「ボクですか? ボクは大丈夫ですよ~」
「そう、よかった」
「早めに言いますからね!」
「え?」
先生が見たことないほどビックリした顔をする。可笑しくて笑ってしまった。
大丈夫、今のところ辞める気はないですよ、先生!
「それより先生、ボクをクビにしないでくださいね! ボク、ここのバイト好きなんで。それじゃ今日はこれで上がりますね。先生また明日!」
心なしか所在なげにたたずむ蘆屋先生を後にして、ボクは店を出た。
(第10話 END)
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