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第12話 - 10
「岡山さん、頑張っているようですね」
メールを読んだ蘆屋 先生がニッコリ笑ってボクを見た。
「ん? ルイ君、どうしたの? 何か言いたげだね?」
「いえ……」
「なあに? 言ってごらん」
実際ボクは岡山さんのメールを読んでモヤモヤしていた。
言おうか言うまいか迷ったけれど、先生が優しくボクの目をのぞきこむ。ボクは視線を落とし、気付くと思いが口から洩れていた。
「だって、あんなにジョージさんの事を好きだって言ってたのに。ちょっと、薄情じゃありませんか。そんなに簡単に割り切れるものなんですかね。
結構、いやだいぶ熱い恋愛って感じだったですよね? 好きって、そんな軽いものですか?
それとも岡山さんみたいな頭が良い人って、冷たいんですかね?」
そう言ったところでフッと一瞬空気が止まった気がして、ボクはハッと先生を見上げた。
「あ、すみません、ボクつい……」
先生はまっすぐボクの目を見て言った。
「そんなに、簡単じゃなかったと思いますよ?」
「え?」
「そりゃ世の中には色んな恋愛があって、軽いものもあるでしょう。
でも岡山さんは、ルイ君が感じてたようにちゃんと恋をしていたと思いますよ。
ジョージさんと別れるのも、きっと彼なりに辛かったんじゃないかな。メールではサラッと流していますけどね。
僕たちにメールをくれるまでに間があいたのもそのせいでしょう。ただ忙しかっただけじゃないだろうね。
それでも前を向いていけたのは、小池さんの存在が大きかったんでしょう」
先生はいつになく強い調子で続けた。
「それに、彼をただ“頭が良い人は冷たい”って決めつけるのは、違うと思いますね。
岡山さんは確かに頭が良い。だけど、彼が優秀なのは、努力しているからですよ。今回の留学のためにも、凄い努力をしていたでしょう。週4日も英語レッスンを受けて。仕事もあるし、試験は英語だけではないと言っていたでしょう。金銭的にもそうですよ、ジョージさんクラスの講師は安くはないはずです。
それにね、小池さんの事だって、大事にしていると思いますよ。
ジョージとつきあっている間だって、どういう形であれ小池さんを気遣 う気持ちがあったから悩んで、相談にも来たのでしょう。どうでもよければ放っておくでしょう?」
あ、そういわれてみれば…… でもボクは……
返事をしようにも、返す言葉が見つからない。「うっ」と喉が詰まってしまった。じっと先生を見つめ返すばかりだ。
「おいで、ルイ君」
先生がそっとボクに手を伸ばして、肩に頭を抱き寄せた。
ふわっと先生のシャツからいい香りがする。精油 、先生のにおいだ。
いつもは落ち着くのに、今は胸がギューっと締め付けられるようだ。
「大丈夫ですよ……」
大丈夫? 何が大丈夫なの?
わからない、けど先生の「大丈夫」が沁みてくる。
目頭 が熱くなって思わず目をぎゅっと閉じた。
「いろんな事があるし、いろんな思いがあるけど、新しい時間はやって来るから。
たとえ忘れても、覚えていても、無駄な事なんてひとつもないよ。
いろんな事があったから、今があるんです」
ボクは先生の肩に顔をうずめた。
ボクにはわからないままだけど、先生にはボクの涙の訳 がわかっているようだ。
少しの間、ボクはそのまま泣いた。
涙がこぼれると、胸に詰まっていた何か悲しい欠片 のようなものが、一緒に流れ出ていくようだ。
先生はその間、そっと優しくボクの髪をなでた。
(第12話 END)
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