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第13話 【松岡 亮さん(メーカー勤務)】- 1
「こんばんは、予約しておりました松岡 亮と申します」
松岡さんがカウンセリングに訪れたのは、平日の夕方。18時ちょうどにドアが開いた。
会社就業後に来たいというのでこの時間の予約となっている。そんなわけで今日はバーはお休みだ。
「松岡さん、お待ちしておりました。
ようこそ、恋愛セラピーへ」
ボクはいつものように、店の奥のテーブルへ彼を案内する。
背はボクと同じ 170センチくらい。細い……かな、いや、結構筋肉ついてるよなあ。何かスポーツやってるのかな。
整った顔つきに明るいふんわりした髪がよく似合っている。年齢は、申込フォームでは32歳とあったが、見た目は20代半ばといってもいいくらいだ。ちょっと軽そうかな。でも、きちんと紺色のスーツを着て、ちょっと緊張してるっぽいけど丁寧な物腰。意外とマジメかもしれないな。
まぁだいたい、恋愛の事でわざわざ長い問診を入力してここまで相談に来るくらいだから、この恋愛セラピーのクライアントの大半はすごくまじめだ。と思う。
そんな事を考えながらお茶を出したり同意書にサインもらったりするうち蘆屋先生が奥の部屋から出て来て、いつものようにカウンセリングが始まった。
松岡さんの話はこうだ;
お恥ずかしい話ですが、久しぶりに恋人ができまして。
恋愛経験自体は普通だと思うんですが、久しぶりすぎるせいかどうつき合ったらいいか悩んでしまって……、それで相談に来ました。
大学を卒業するまではそれなりに何度か付き合ったりしてたんですが、社会人になってからはなかなか出会う機会がなくてですね。まあいいやと思っていたら30を過ぎてしまって。
……はい、今32になります。
自分から動かないと新しい出会いもないな、と、今年に入ってから何度かクラブ イベントに行ってまして。
彼……いやその、まあ、恋人と出会ったのも、そのイベントなんです。
ああ、はい、そうでした、申込の時に書いたんでしたね。僕はゲイで、会社の人間関係には隠しているんです。
はい、そうです。六本木のクラブで、ああここからも近いですね、時々ゲイナイトをやるんですよ。会社からも離れているから、ここなら大丈夫かなと。会社は新宿なのでね。
まあそうは言っても、イベントに行ったからって特にすぐに何かあるってワケでもないんですが、その場で飲んでしゃべって、音楽を愉しんだり少し踊ったり……踊るったってまあ、リズムに乗るくらいですけどね。それはそれで楽しいんで、何度か行ってますね。男ばっかりだし、ゲイってことを隠さなくてもいいので、なんかこう解放感って言うんですかね。息抜きになるんですよ。照明も暗いんで、若く見られますしね。
彼はショウっていうんですけど、あっちから積極的に声掛けてくれて。
その時は音楽に乗って酒飲みながら踊ってたんで話はそんなにしなかったんですけど、何かこう、楽しくて。踊り疲れたらカウンターで飲んだりして。連絡先もその時交換しました。
で、1時過ぎたくらいですかね、場所を変えようって言うのでクラブを出たんです。それでまあ、勢いでホテルへ……。
そんな事したことないですよ、普段はね。あんなにグイグイ来られるのが嬉しかったんだと思います。
そういう出会いって、実はあまりよく思ってなかったんです。けど、ちゃんと連絡先も交換していたし、朝起きても隣に彼がいるのがなんだか幸せだったんで、まあアリかな、と。
また会おうって事になって、次の週に食事に行きました。
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