73 / 88

第14話【ルイ君の2月14日】 - 1

「ルイ君、14日は空けておいてくれますか」 年が明けて、何が忙しいのか分からないうちに1月が終わりかけていた頃、先生が言った。 「あ、はい。わかりました」 2月14日って、ああ、もうバレンタイン前か。 今年も何の予定もないな。 どのみちバイトに入ろうと思っていたから問題ない。 店のパソコンでスケジュールを確認する。 セラピーの予約は…… まだ14日は入っていない。 「先生、14日は予約まだ入っていないですね」 「ああ、その日は予約入れないでおいてね。兄が……、暁星(あきら)が来るから、一緒にここで夕飯を取ろう」 暁星さんは瀬戸内の小さな町で、先生の実家の家業を継いでいる。つまり陰陽師だ。ボクは詳しくは知らないけれど、暁星さんはお祓いの専門家だそうだ。 年に何度か先生に会いにやって来る。 「兄弟で仲が良いんですね。羨ましいです」 「まあ、そうだね。ルイ君だって、お姉さんと仲が良いじゃない」 「いや、ボクのところは……。姉がお節介なだけですよ。母も姉も(うるさ)くて」 ボクはつい顔をしかめる。 実際あの2人はいちいちボクのする事に口をはさんでくる。 「もう子供じゃないんだから、放っておいて欲しいですよ」 「へえ、そうなんですか」 先生は愉快そうに笑った。 「14日は泊まって行くといいから、お母さんとお姉さんに断っておいてくださいね」 「え? 泊まりですか?」 「そう。いいかな? 暁星兄さんも泊まるから、帰りを気にせずゆっくり過ごしましょう」 「ボクも? 先生の家に? いいんですか?」 「このビルの上ですからね。近いでしょ」 先生の家! 初めてだ! このビルの上に住んでいるのか。 「わかりました、お邪魔します!」 先生に初めて会ったのは中学生の頃。バイトに来るようになってから会う機会も増えたけど、ボクは先生の事をほとんど知らない。 いきなり食事やら泊まりやら…… 驚いたけど、楽しみだ。 それから、14日の事ばかり考えている。 何か手土産を持って行く方がいいよなあ、お世話になるんだもの。 何がいいかな…… ああ、全然思いつかない。 先生はどんなものが好きなんだっけ? 暁星さんもいるんだもんなあ。 どんなものが喜ばれるかなあ…… ウチは父も母も仕事でほとんど家を空けているので、姉と2人暮らしのようなものだ。 姉は真理愛(まりあ)といって、ボクの4つ上。昔からボクを家来か手下扱いしている。以前は家の事を少しはしてくれていたが、大学を出て働き始めてからは、家事を一切せずボク任せ。夕飯の事もあるから、外泊時は事前に連絡しておかなくてはならない。 「へえ、どこに泊まるの」 どこだっていいじゃないかと思うけれど、答えないと面倒だから返事をしておく。 「蘆屋(あしや)先生のところ」 「え? え? ホントに? いいなあ~ルイ!! 私も先生の家、行きたい~!」 姉はいつからか分からないが、蘆屋先生のファンだ。 ちょうどいいから相談しようか。 「手土産を持って行こうと思うんだけどさ、何がいいかな」 「ああ、そうね、持って行く方がいいわね。何かなあ…… えっ、14日でしょ? バレンタインじゃない! チョコレートとか?」 「ベタじゃない?」 「そういうのはベタな方がいいの! 今ならバレンタインのフェアで、普段ないようなものもたくさん出てるし、絶対いいわ!」 「ふうん」 「じゃあ明日、連れてってあげる。新宿でショコラフェアやってるの、ちょうど私も行こうと思ってたの。定時で上がるから、時間厳守ね」 「ええー、いいよ。ボクひとりで行く」 「はぁ? 何言ってんの。あんた、一人で選べるワケ? だいたいさぁ、お店も人出も凄くて、あんたみたいなのがのんびり選べるような状態じゃないんだから」 目が爛々(らんらん)と輝いてきた。 こうなったらもう、何を言っても無駄だ。こういうところは、姉と母はそっくりだ。いつもの事ながら、うんざりする。外面はいいクセに。 自分で選びたいのに……。 でも確かに姉の言う通り、ボクはチョコレートに詳しくない。人込みも苦手だ。 仕方ない。 大人しく引き下がって、翌日新宿で待ち合わせ、姉おすすめのチョコレートを無事に購入したのだった。

ともだちにシェアしよう!