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第14話 - 2

14日当日、夕方約束の時間より少し早く店に行くと、カウンターに先生と暁星(あきら)さんがいた。 「やあルイ君、いらっしゃい」 仕立ての良い白いシャツの上に淡いグリーンのカーディガンを着た先生は、白衣の時と違って表情もいつもよりリラックスして見える。 「ルイ君、元気だった? ピアノ弾いてよ、聴きたいな」 暁星さんはいつも通り機嫌良さそうだ。黒っぽい袴姿に黒革のブーツを合わせている。和装は仕事着だと言っていたから、今日も一仕事終えて来たのだろう。 「あ、はい」 ボクはレンゲの「花の歌」を弾いた。 ゆったりした出だしは咲き乱れる花園の薔薇、そして風が吹き荒れる。嵐が去り、きらきらと輝く光が注ぐ花畑…… 花を巡る様々な場面を旅するように弾くのが好きだ。 最後の高いキーは、静かに丁寧に。 一曲弾き終えると、2人が拍手をしてくれた。つい頬が緩む。 見ると、テーブル席にクロスが敷かれ、食事のセットがされている。 ボクがピアノを弾いている間にセットされたようだ。すごい。本格的だ。 「さあ、夕食にしよう。暁星兄さんもルイ君も、テーブルへどうぞ」 テーブルに着くと、きちんと燕尾服を着た男が燭台のキャンドルに火を灯した。見た事のない人だ。 すると暁星さんが嬉しそうに言った。 「やあ、田中じゃないか。久しぶりだな」 「暁星様、ますますご活躍と伺っております」 田中と呼ばれたその男も笑顔で応えている。 「最近はどう? 新規の方も上手くやってるか?」 先生がふとボクの表情に気付いた。 「ああ、ルイ君は初めてだったかな。こちら田中と言ってね、私のビジネスや生活全般をサポートしてくれているんだ」 先生はバー以外に色々やっているらしい。 バーや恋愛セラピーは趣味だと言っていたっけ。確かに、お客の少ないこのバーや、無料カウンセリングだらけの恋愛セラピーでは生活していけないよなぁと思っていた。 けど、どんなビジネスなんだろう? 生活全般ってどういう事なんだろう? 「あれ、優斗、ルイ君にまだ話していないの? 優斗はね、家事代行サービスの会社をやっているんだよ。とはいっても、実際やっているのは田中だけどね」 「へえ、そうなんですか」という以外の言葉が出てこない。へえ、そうなんだ。 「家事代行サービスって…… 何でも屋とか、便利屋とかですか」 「何でも屋かぁ、こりゃいいや」 暁星さんが爆笑する。 「まあ、そんな感じですかねぇ。もともとはね、私の部屋の掃除や、食事の支度をしてもらうという事で始めたのでね」 田中さんは、蘆屋家の家宰(かさい)の家の出身で、先生たちのいわば執事らしい。その仕事を会社組織にして、田中さんが実務を行っているということだ。 ディナーは素晴らしいものだった。 ワインも食事も美味しく、暁星さんはこうした優斗さんの会社の事や最近の出来事といった様々な話題を面白おかしく聞かせてくれた。

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