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第14話 - 3

食事を一通り終えたところで、ボクは姉と選んだチョコレートの包みを2人に渡した。 「あの、これをお2人に。姉と選んだのですが、お口に合うと嬉しいです」 いくつか姉おすすめのショップで試食をした中で、ボクが一番好きだと思ったトリュフの詰め合わせだ。ほんの5つほどしか入っていないのに結構な値段で驚いたけど、何しろ美味しかったのでこれに決めたのだ。濃いブルーの箱に、ロイヤルブルーのリボンという、シンプルでシックな包装も先生にぴったりだと思った。 2人はすぐにリボンに手をかけ、ひとつぶ口にした。 「うん、美味しい。ありがとう」 「美味い。この店、東京でも手に入るのか? ベルギーのショコラティエだろう? ここのチョコレートが一番好きなんだ」 「バレンタインの特別企画で出店しているそうです。試食した中で一番美味しかったから」 2人が喜んでくれて嬉しい。 先生が立ち上がってカウンターの中に入った。 「ルイ君、兄さん、こちらにいらっしゃい。私からはカクテルを贈るね」 ボクと暁星(あきら)さんはカウンターへと席を移し、並んで腰かけた。 「はい、どうぞ。私からもバレンタインにちなんで」 ボクの前には鮮やかなグリーンのカクテルグラス、暁星さんには琥珀色のグラスが置かれた。 口をつけると、濃厚でクリーミーなチョコレートの上にミントの香りふわっと広がる。フレッシュな、生のミントの香りだ。 「先生、これはなんていうカクテルですか?」 「ルイ君のはグラスホッパー。暁星兄さんのはチョコレートのギムレットだよ」 「グラスホッパー?」 そのカクテルも言葉の意味も知らなくて、オウム返しに尋ねると、暁星さんがいたずらっぽく笑って言った。「バッタだろ」 「へ? バッタ?」 バッタ? バッタ? 何それどういう意味? ボクの表情に先生が苦笑する。 「ちょっと兄さん……ムード!」 「ははは 単語はバッタって意味なんだ。ルイ君はカクテル言葉や花言葉は詳しいの?」 「いえ、全然。カクテルの意味みたいなものは少しずつは勉強してるんですが……」 「カクテルのグラスホッパーはね、『喜び』って意味だよ。なあ優斗?」 「そうですね。そしてミントは『かけがえのない時間』」 「ミントは『燃え上がる恋』って意味もあるよな?」 「まあ、そうですね」 咳払いしながら先生は頷いた。 「へえ……」 お酒のせいもあるんだろう、自分の頬が少し蒸気しているのが分かる。バッタでも何でもいいさ。とにかく色んな意味があるんだな、面白い。 そして何より。先生と暁星さんと一緒に過ごすこの時間。なんて楽しいんだろう。 「ルイ君、このミントは美味しいでしょ? 前に、チョコミントのお菓子に使われている香料のミントが苦手だと言っていたでしょ、だけどミントってチョコレートと合うんだよ、本当のミントはね。だから、フレッシュミントを使ったんです。お口に合いましたか?」 「すごく美味しいです。そうか、やっぱりフレッシュミントなんですね。これ、すごく好きです。ミントの葉っぱの香りはボク、大好きなんです」 「ハーイ、ルイ君、じゃあこっちは? ギムレットの意味は覚えてる?」 暁星さんが、先生とボクの間に割って入るみたいに自分のグラスを軽くボクにむけて掲げる。 「ええと、ギムレットですよね。確か、『別れ』とかそういう……?」 「おいおい、俺には『お別れ』かい? それじゃ寂しいじゃないか」 「うう…… 違いましたかね」 先生が急いで言った、 「映画のシーンでそう使われたのが有名ですけどね。でもギムレットのカクテル言葉は、『遠い人を思う』ですよ。  そうそう、そうなんです! 遠い人を思うとえば! 来月、満瑠(みちる)兄さんが帰国するそうですよ!それでギムレットにしたんだよ」 「え、ミチル兄さんが?! バリ島から? 久しぶりじゃないか! 何年振りだ? って、ちょっと待てよ、俺の所には連絡来てないぞ?」 「短い滞在らしいから、それで暁星(あきら)兄さんには言っていないんじゃないかな。2泊だか3泊だかって言ってましたよ」 そこから2人は興奮気味にミチルさんという、三兄弟の一番上のお兄さん帰国の話題で盛り上がっていた。2人ともブラコンなのか。すごく嬉しそうだ。 カクテルを飲み終えたボクたちは、この日の後片付けを田中さんにすっかり任せ、店の奥のエレベーターで先生の居室に向かった。 先生の部屋は最上階にあった。

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