思えば、啓慈のことを深くは知らなかった。 　同じ大学、同じ学部、同じ基礎ゼミ生。金髪に近い茶髪のゴツいネックレスをつけたヤンキーみたいな見た目の近寄りたくないヤツ。 　それが、啓慈の第一印象だった。 　大体、経営学部なんて少しでも学歴に箔をつけたいヤツが進学するケースが多いから、できるだけ前列は避け、授業中でもスマートフォンを操作し、喋ったり昼寝したりする学生も多くいる。 　要は、卒業に必要な単位をとって就職しようと考えている、不真面目な学生も多いって言うことだ。 　だからか、真面目に授業を聞いている学生や前列でかったるい授業を聞いている学生は、目立つ。 　真白は前列に座っていたが、授業態度は不真面目なヤツと同じ。 　ヤンキーくんもとい啓慈は、いつも前列で授業を聞き、積極的に先生に質問をしに行っていた。 　何が面白いのだろうかと、毎回授業で見かけるたびにそう思う。六十点以上取れば、こちらのもの。赤点と欠格に気を付けて、休まず授業に出ていれば、ある程度点が取れる。そういう仕組みの先生が多い。 　だから、意を決して訊いてやった。「どうして勉学に励んでいるのか？」って。 　そうしたらさ、「勉強って貴重だろ。勉強に専念できる時間って、社会人になったらなかなか取れないんだぜ。今のうちだろ？」と隙間がないほどメモ書きで埋め尽くされたノートを開いたまま、まっすぐ自分を見つめるライトブラウンのの瞳に射貫かれながら、笑みを浮かべている彼に、何も言えなかった。 　今の自分は親の金で遊んでいただけじゃないかって、恥じてその日から復習をし始めた。 　彼と接していると、知らず今の若者が忘れ去っていた「当たり前」のことを突き付けられる。 　気がついたら、目で、耳で彼を追っていた。 　気にし過ぎて会話がぎこちなくなったが、対講義戦線を張る仲（つまり、テスト勉強をする仲だ）としては、好敵手。刺激し合えるいい相手であり、自分に比べ飲み会に顔を出す啓慈から過去問をコピーさせてもらったりとおいしい思いもさせてもらえた。 　隣に座って授業を聞き、オフィスアワーの時間帯に質問に行く啓慈についていくようになった。軽そうな見た目裏腹、先生と語り合う様子を見ていると、彼には負けていられないとおもい、今まで以上に勉強に励んだ。 　彼を好きになるのには、そう時間がかからず、一年の終わりに専門ゼミを決める頃に彼から告白され、付き合うようになり、卒業して一年。 　社会の荒波にもまれても、まだ付き合いたての雰囲気と熱量を保持していると思っていたのは、自分だけだったらしい。 　浮かれていた、自分が、バカだった。 　しあわせを壊したくなくて、彼のことを知ろうとしなかった、自分が、情けない。