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第1章

私がこの村に来たのは、夏がもう終わりかけた頃だった。 この村は森を拓いてできた為針葉樹の樹々に囲まれており、ガス灯も水道も未だに普及していない厳しい土地だ。 乾燥した気候の為、木を寝かせるとよい木材ができ、それを家具の材料や薪として他の街や都市部に売りに出ていた。 私はその業者に頼み、村に連れて行ってもらった。荷馬車に揺られながら針葉樹の森を抜けると、緑の畑に白や紫の小さな花達が咲いていた。 痩せた土地でも育つ芋やソバを育てているのだろう。 村に着くと、まず手紙を出しておいた村長宅へ挨拶に向かった。 村長は朴訥とした老人であった。貧しさ故に農夫と変わらない生活を余儀なくされている不満が、眉間に深く刻まれた皺に現れているようだった。 たんに余所者の、それも架空生物の研究をしているという私が気に入らないだけかもしれないが。 しかし、それでも滞在とフィールドワークを認められたのは私の勤める大学の威光と、手土産の酒や飴菓子のおかげだ。 滞在先は、村の隅にある小さな家だ。村長の持ち物で馬小屋とたいして変わらないが、家の中には毛布があったし、すぐ近くには井戸があった。本当に与えられたのは住まいだけのようだ。 それでも森の奥でする野宿よりは遥かにましだ。 それに、食器や火を起こす材料や簡素な食料はフィールドワークに出るときはいつも持ち歩いている。 まずは村の中の探索からだ。 どこに何があるのか把握したいし、また、村の住人に顔を覚えてもらう意味もある。 物珍しそうに集まってくる子ども達に都会にしかないカラフルな飴菓子を渡せば、声を上げて喜んだ。 私は一緒に菓子を食べながら、珍しい動物や生き物を見なかったか子ども達に尋ねた。 子ども達の方が感受性が鋭く"隣人達"と遭遇することが多い。 庭でジャガイモ頭の小人を見ただの、暖炉の火の中で蜥蜴らしきものが光っていただの、まだこの辺りでは"隣人達"をよく見られるようだ。それから、宵の森には怪物が出るから入ってはいけないとも。特徴を聞けば古い神と似ていた。 厄介だ。ソレは人間が見るだけで許されない存在なのだ。 私はその場所の詳細を聞き、鉛筆でメモをとる。この調子で話を聞き、聞いた場所で"隣人達"の痕跡を集めていく。そして大学に戻り、文献と照らし合わせ、痕跡と文献の内容が一致することを証明して、実在をほめのかす論文をいつも通り書くはずだった。 この話を聞くまでは。 木材を街に卸しているトラフィーという家で、時折侍女がこっそり小屋に食べ物を運んでいるという。 しかし、子ども達が見に行っても誰もいない。それにもかかわらず、何人かが目の端に光るものが横切ったと言い張っている。 案内を頼んだが断られた。 なんと、その家の主人の妻は村長の娘だと言うではないか。子ども達は村長を恐れる親達にその家に行ってはいけないときつく言い含められている。私は家の場所だけ聞いておいた。 私は心が震えた。求めていた情報が手に入った。 私の推測が正しければ、それはおそらくーーーー "取り替え子"かもしれない。 取り替え子とは、"隣人達"が親が知らぬ間に赤ん坊と自分の子を取り替えて、人間に育てさせる子の事だ。 もし取り替え子が本当にいるのなら、もう一度"隣人"をこの目で見る事が叶うかもしれない。 大人になってから見られなくなってしまった"隣人達"を。 上手くいけば、"かの世界"への入り口を見つけられるかもしれない。 そうすれば、もしかしたらーーーー 私ははやる心臓の鼓動を押さえつけるように、上着の合わせを寄せて握り締めた。

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