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第2章
トラフィー家は下手をすれば村長の家より立派かもしれない。
村長の家は他の家より大きいがすべて木造で、トラフィーの家も木造だが漆喰も使ってあり頑丈そうだ。
きちんと挨拶をしてから、と思ったが、子ども達の言っていた小屋らしきものが見当たらないのに気づいた。
周りに目を凝らすと、家の裏にある森の奥に、ぼんやりと黒い小さな影が見えた。
あそこなら、見つからずに行けるかもしれない。
そんな考えが鎌首をもたげ、私の足を止めた。いや、家人に見つかれば無いに等しい信用を失い顔さえ合わせてもらえないかもしれない。それに、村長の娘だと言うのなら、不況を買い村にさえいられなくなるかもしれない。そう考えつつも、私の足は森の中へ向かっていた。
針葉樹のチクチクする感触を、皮手袋越しに感じながら枝を掻き分けていく。時折しなって跳ね返った枝に眼鏡を落とされそうになり慌てた。
小屋は私の滞在しているところより酷かった。掃除すらされていないようで、窓からのぞいた室内は蜘蛛の巣が張り埃が堆積している。人間どころか動物さえ居なさそうだ。無駄足だった。見つかる前に離れよう。
その時、視界の端に光るものが横切った。
子ども達の話を思い出す。
心臓が強く脈打つ。胸が熱くなってくる。
光るものは、小屋の後ろに消えて行った。
私はなるべく音を立てぬよう、ブーツをそろりそろりと草の上に落としながらそこを目指した。
小屋の裏は、誰も居なかった。
逃げられてしまったのか。
もしくは、私に見えていないだけなのか。
そう考えると、とても悲しい気持ちになった。子どもの時の私は、確かに彼らとともに在ったのに。
注意深く足元や木の上を観察しても、痕跡が見つかることはなかった。私の目に、あの微かな光の軌跡が焼き付いているだけだ。
私はとぼとぼと元来た道を戻った。枝を皮手袋で悪戯に跳ね返してみる。
『ーーッ』
空から声が降ってきた。
見上げれば、一瞬白孔雀が羽を閉じて木に留まっているように見えた。眼鏡の蔓を持ち上げ確認する。
ソレは白い刷毛で履いたような残像を残し、また私の前から姿を消そうとする。
『待ってくれ!』
つい母国語で叫んでしまった。
すると、白い何かは静止しようやく像を結ぶ。
息を呑んだ。
黒い針葉樹の森に、白い彫像が建っているように見えた。肌も、身につけているローブのような服も、背中まである髪も真っ白だ。その中で、アーモンド型のエメラルドの双眸だけが色を持っていた。瞳の中に映る私は、そこにしばし閉じ込められていた。目が逸らせなかった。青年とも少女ともつかぬ美しい姿に。そして、白い髪から飛び出した蝶の翅のように尖った耳に。
『・・・エルフだ』
そう呟いた途端、エルフは白い彗星のように軌跡を残して消えていた。
「そこで何をしているんですか!」
私の背後から鋭い女性の声が耳を貫く。
木綿のワンピースにエプロンを身につけた中年の女性だ。この女性がトラフィー家の侍女だろうか。
私はこの村に来た研究者であること、村長から滞在と探索の許可をもらっていることを伝えると、
「ああ、村長様の・・・」
と納得したようだった。閉鎖的な集落によくあることだが、この話はすでに村中に伝わっていると思われる。
「ですが、ここは旦那様の私有地です。勝手に入らないでくださいまし」
尤もだ。いい歳をして好奇心に負けてしまった。素直に謝罪すれば解放して貰えたが、
「あの、ところでそれは?」
侍女の持つ、布の掛かったバスケットを指差すと
「2度目はありませんよ。旦那様に見つかったら私も叱られてしまいます。早く!」
と追い出された。侍女は森の中へ入っていく。そして小屋の前にバスケットを置くと、辺りを見回す。一瞬、彼女の目の輝きが変わった。
巨匠ラファエロの描く女性を思い起こさせる、慈愛に満ちた眼差し。彼女の口元が動いた気がした。何と言っているのだろうか。耳を澄ませているうちに、逃げるようにこちらに駆けてきた。
私も慌てて、その場を後にした。
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