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第3章

太陽が沈み始めてから、私はあの小屋のある森に向かった。 外からは見えない場所まで立ち入り、焚き木を集め、野営の準備をする。 もちろん、エルフに会うために。 折角雨風を凌げるところを与えられたのに、今日は野宿をすることになりそうだ。 まだ季節は夏だが、日が落ちれば震える寒さだ。毛布に包まり、土に木の枝で陣を描く。土が盛り上がりドーム型の炉ができた。 "隣人達"は見えなくなってしまったが、魔術は少しだけ使える。とは言っても、火をつけたり水から一欠片の氷を作り出す程度だ。それだったら文明の利器に頼った方が早い。火をつけるために数十の魔術式を描くより、マッチを擦った方が効率が良い。 マッチに灯した火を小さな松毬(まつぼっくり)に移した。油を含んだ実はあっという間に焚き木を巻き込み燃えあがる。 ああ、胸の高鳴りが抑えられない。 "取り替え子"は本当に存在したのだ。それもエルフ。 白い髪が僅かな陽光を虹色に照り返し、光輝くようで、神々しいまでに美しかった。 彼、いや、彼女だろうか。どちらでもいい。 早く姿を見たい。会いたい。 気を鎮めようと、炉の上で茶を沸かしちびちびと啜る。思考する時の癖だ。 子ども達の言っていた森を彷徨う怪物は、恐らくトラフィー家が取り替え子の存在を隠す為に流した噂だと推測している。だとすれば、エルフは夜の森に現れるのではないだろうか。憶測に過ぎないが、エルフの手掛かりもまたこの森にしかない。 暖かいものを腹に入れ、焚き火に身体が暖まって眠気が襲ってくる。 睡魔は私を夢の中へと誘う。 必死に抵抗した。しかし私の頭の中は断続的に夢に支配される。 子どもの頃の私に冷たく当たる両親の姿、一人で泣いている時に寄り添ってくれた、二足歩行の蜥蜴や蝶の翅を生やした"隣人達"、成長するに連れ減っていく"隣人達"の姿が、夢に入り込むたびに幻灯機のように映し出される。 見えなくなっていくと寂しさが募り、本の中にその姿を求めた。彼らに近づく為魔術式の勉強もした。それが高じて研究職に就くまでに至った。 しかしいつだって心の中にあるのは、"隣人達"に会いたいという想いだった。変人扱いされようとも、両親に勘当されようとも。 微睡の中で、自然と彼らと子どもの頃に歌った唄が唇から奏でられていた。 ーーーーSolas bothair《道の灯よ》 Tog me ann《私をそこに連れて行け》 Magairlini faoi bhlath 《蘭の花が咲き》 Craiceann an dragon《竜が唄う》 Go dti an ait sin《その場所へ》 Whisper an star 《星が囁き》 Codlaionn an spiorad《精霊が睡る》 Go dti an ait sin《その場所へ》 Solas,treoir,solas bothair《灯せ、導け、道の灯よ》 Athraigh an marc ar 『dhath na cruithneachta』 《標を麦の穂の色に》 唄声が、澄んだテノールと重なった。 私は目が覚めた。 左側から影が伸びている。恐る恐るそちらに目を動かすと、白い横顔があった。緑色の目は焚き火に照らされ、夕焼けに燃える森のように美しい。 それが私に向けられると、顔が沸騰するかのように熱くなってきた。 白い顔の口元は弧を描き 『          』 どこから来たのか、と私の国の旧い言葉を紡いだ。 これはケルト語だろうか。 私の母国の名前を告げると、知らないと答えた。この村から出たことはなく、教育らしい教育も受けていないらしかった。しかし、私の母国語は理解出来たらしく、どんな人間か興味を持ったそうだ。 『私は、"かの国"から来たのだよ』 私の生まれた国と育った国は異なる。 私は外套を脱いだ。下に着ていた厚手のベスト、木綿のシャツのボタンを外し、はだける。外気に触れ肌が粟立った。構わず下着の襟刳をぐいと下に引っ張って、その下の素肌を見せた。いや、肌ではない。 ーーーー枯れ葉色の大ぶりな鱗だ。 『私も"取り替え子"だ』

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