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第5章

翌日は子ども達から聞いた、隣人達の出没した場所を巡った。小さな村全体を散策して1箇所でも痕跡が見つかれば良い方だ。 しかしここでは畑でクラ・ファーダ《耳長ウサギ》が葉を齧った跡や、小川の畔でイア・イオラー《蛙鳥》が残した緑色の羽毛が見つかり豊作だった。 採取した葉は紙に包んで本に挟み、羽毛は試験管に入れ栓をした。 大学に戻ればしばらく研究室に篭りきりの生活になりそうだ。葉に残された歯型がどの動物や虫とも似ていないことや、羽毛に特殊な脂が含まれていることを証明しなくてはならない。架空生物と聞くとドラゴンやフェアリーなどドラマチックな生き物との遭遇を思い浮かべがちだが、私が行っているのは他の学者達と同様に地道な作業の繰り返しだ。 針葉樹の森に入ったのは陽が傾きかけ空気に冷たさが混じる頃だった。 子ども達に聞いた"隣人"の目撃談の場所は、村の北側の森だ。杉の実から昆虫の脚のようなものが生えのそのそと歩いていたそうだ。 フェイシディ・パインコーン《松笠虫》かもしれない。松毬や杉の実をヤドカリの殻のように背負っている生物だ 私は杉の木の並ぶ地面にしゃがみ込み、杉の実を探し始めた。彼らが棲家にしていた実には綺麗にスプーンで掬ったような痕がある。 杉の実を拾い集めていると、頭上からポトリと何かが落ちてきた。杉の実だ。 見上げれば、木の枝に垂れ下がる白い布がはためいていた。その先の秀麗な顔には緑の眼が輝き、花弁のような唇が悪戯っぽく引き伸ばされていた。 『ソラス』 私の口元が勝手に綻ぶ。 『 』 何をしているのか問われたので、フェイシディ・パインコーン《松笠虫》を探していると言うと、枝を無雑作に揺らし、実を落とした。ふわりと地面に降り、その内の2つ3つを摘むと私の掌に乗せる。その途端、杉の実から脚が生えもぞもぞと動き出したではないか。 『凄い、こんなに』 感嘆していると、ソラスは不思議そうな顔をしてそこら中にいると教えてくれた。 私は俄然張り切って、少年に戻ったように採取に夢中になってしまった。 フェイシディ・パインコーン《松笠虫》の抜け殻だけでなく、コーナッチ・ポータン《苔蟹》の繊毛まで手に入ることが出来た。かつて無いほどの収穫だ。 『ありがとう、これで』 振り向くと、ソラスのいた場所には光の軌跡の残滓が尾を引いていた。 正面からは子ども達の声が聞こえてくる。すっかり子ども達に懐かれてしまった私は、遊びに付き合ってやりながらもソラスの姿を探していた。 私は次の日から、村のあちこちを回って"隣人"達の痕跡を追う傍ら、森に入り浸りソラスに会いにいった。 ソラスに導かれ、"隣人達"と触れ合うたび、私は森以外の場所でも彼らを目の端に捉えることが増えてきた。 見つけるコツを掴んできたのだろうか。しかしそんな楽天的な考えは、すぐ覆されることになる。

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