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第7章

夢の中では、私の身体は隅々まで魔力に満ち満ちて、翼をはためかせ空を飛んでいた。 鳥にでもなっているのだろうか。それにしては雲や地面に映る影は大きく、視界の端に映る羽の先は蝙蝠に近い形状をしている。 だが、何においても風の唸りを切り裂いてぐんぐん身体を前に進めながら空を飛ぶのは爽快だった。まるでどこまでも飛ぶ弾丸になったようだ。 マグマのごとく歓喜が湧き上がり、獣とも鳥ともつかない咆哮が私の口から上がる。 それに驚き、陸に打ち上げられた魚のように全身が跳ね返り、私は目が覚めた。 瞼を開けて目の玉を左右に動かす。埃っぽい木の天井と梁が見えるだけだ。 身を起こせば、窓から西日が差し四角く切り取られたオレンジ色の光が床に落とされていた。 どれくらい眠っていたのだろう。 ソラスはもう側におらず、夢だったのかと思ってしまう。しかし、悪い物がすっかり洗い流されてしまったかのように身体が軽く、また汗だくだった。 眼鏡をかけ、身体を拭くために井戸まで歩く。妙に視界がぼやける。眼鏡を取って瞼を揉み、もう一度目を開けると世界は鮮明に像を結んだ。 信じられない。はっきりと見える。 木々が夕焼けを濾して木漏れ日を地面に落とす様も、その地面に落ちた松葉の一本一本も。 そうか、これが祝福か。 "隣人達"の持つ力と神秘に畏敬の念が湧き起こる。 『 』 気がついてよかった、と心地よいテノールが聞こえた。 森から姿を現したソラスはにっこりと笑い、手には布の掛かったバスケットを持っていた。どこかで見覚えがある。 だが、その前にソラスに礼を云わねば。 私はソラスに礼を言い、"隣人"から病を貰ってしまったこと、近視が治ったことを夢中で語った。 だが、果たして他人の助けを借りて病を克服しても祝福は受けられるものなのだろうか。 そんな疑問が浮かび、ぽつりと口にする。 ソラスは微笑み、あの魔法はかけられた者の生命力を引き出すもので、病を治したのは私の力だと言っていた。 得心がいった。 だが眼鏡は取っておこう。細かい文字の文献を読んだり論文を書いたりして、普段から目を酷使していた為眼鏡を買う羽目になったのだ。また必要になるかもしれない。 ソラスはバスケットからパンを取り出し私に渡した。思ったよりもまともなものを食べているようだ。あの侍女だけが、幼き頃よりソラスによくしてくれていると言う。 確かに、彼女が小屋にこのバスケットを届けるのを見たことがある。 その時の、侍女の慈愛に満ちた眼差しを思い出した。ラファエロの絵画に登場する女性達。 ラファエロ自身、幼少のみぎりに母親を亡くし、母の愛を充分に受けぬまま育った。彼の描く女性たちは、皆慈愛と、品と、包容力を兼ね備えている。それはラファエロ自身の、理想の母親像の投影なのかも知れない。そしてソラスもまた母の面影を侍女に求めたのだろうか。 私には分かる。不遇な幼き頃に与えられる優しさは、心の中に降り積もり、大人になってからも失われてしまった愛情への飢餓感を募らせる。私が"隣人達"の面影を求めたように、ソラスは人間の情に縋ったのだろう。 歯を立てるとガリガリと音が立つほど硬いパンを齧りながら彼の横顔を見遣る。細い指先でパンを端おりながら小鳥の様に口に運んでいた。こうすると食べた気がするらしい。 私は居た堪れなくなって、まだ食欲がないからと自分の分を彼に渡した。 そして井戸で水を汲む。これまでとは打って変わってするすると滑車を回しながら桶を上げることが出来た。腕が少し逞しくなったように見えるのは気のせいだろうか。 身体を拭くために服を脱ぎかけ、私はハッとした。一回り厚くなった胸板に、枯葉を貼り付けたような大ぶりな鱗がびっしりと生えていたからだ。慌てて前を閉じて、ソラスに泉に連れていってもらった。

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