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第10章
トラフィー家の主人は四十代半ばの中年男性だった。清潔な服を着ており、侍女からは素朴な菓子が出された。やはり、他の家より裕福なようだ。村人からよく"隣人達"に関する相談事を受けているが、この家では困った事はないか、くらいに濁しておいた。
だが、トラフィー家の主人は商売の話ばかりしていた。
村の外で商売をするには村長の許可が必要で、それを説得するのに苦労したと。
この森から取れる木の質や乾燥した気候が良い木材を生み出し高く売れる為、他の地に行くことも憚られる。村から出ても外の人間がこの森を切り拓くのにはどのみち村長の許しが必要となる。思うように動けず、やきもきしているという。
分かりやすい欲望に翻弄されやすいのは、やはり村長の義理の息子といったところか。
その妻である村長の娘はというと、庭の花の手入れをしていた。侍女が付き添い、まるで監視するかのように時々鋭い視線を寄越してくる。
それに対して主人は後ろ暗いところなどないようにべらべら喋っている。
2人の対応の違いが気になり、不信感が拭えずにいた。
帰り際に、侍女に呼び止められた。
「どういうおつもりなのですか」
「いえ、私は」
「もう私達に関わらないでください」
ぴしゃりと言い放つと、侍女は家の方に歩いていった。奥方は窓から私の姿を見やると、ゆったりと会釈をした。やはり侍女だけが気を揉んでいるようだった。
「私はソラスに、いえ、あの子に会いましたよ」
侍女の目が見開かれる。
「あなただけが良くしてくれている、とお聞きしました」
「違います!」
彼女は声を張り上げた。そしてハッとして家の方を見る。何事かと家人が覗いている。
庭で遊んでいた少年がどうしたの、と侍女のところに駆けてきた。トラフィー家の息子だろうか。
なんでもない、と侍女は返す。
「私が不躾な事を言って怒らせてしまった。申し訳ない」
少年はふぅんとつぶらな瞳をつやめかせ、手には何かを包み込むように持っていた。
「それはなんだい」
少年が掌を解くと、足に怪我をした子リスが身体を震わせていた。
「この子、飼ってもいい」
少年は侍女を見上げる。
私は侍女に挨拶してから踵を返し、小屋に戻ることにした。背中越しに、侍女と少年のやりとりはしばらく続いた。
「いけません。森に返してらっしゃい」
「怪我をしてるよ。ローリィが死んじゃうよ」
「もう名前を付けてしまったのですか。情が移るからお辞めなさい」
少年はやがて、泣きべそをかきながら森に入っていった。私は、よせばいいものを、侍女が居なくなってから少年の後を追っていた。
森に入ってすぐ、少年は蹲み込んでリスの背を撫でていた。私は怪我を治してやるとリスの足に布を巻き、木の根本に寝かせた。明日には治ってここから居なくなるから、と言い含めると、目を輝かせありがとう、と礼を言い、家に帰っていった。
私は大嘘つきだ。
こんなことで治るはずがない。薬はもう無いし、夕食にしようにも食い出がなさ過ぎる。
そうだ、ソラスに聞いてみるとしよう。
私の病を治してくれたように、治癒の仕方を教えてくれるかもしれない。
私は小屋に戻り、庭で火を焚きソラスを待った。パンのかけらをリスにやったが、もう食べる体力も無さそうだった。
『 』
この子はどうしたのか、とソラスがいつの間にかリスの傍にしゃがみ込んでいて、私は飛び上がりそうになった。相変わらず神出鬼没だ。
怪我をして死にかけている、治癒や回復魔法を知っているか、と聞くと、ソラスは微笑んだ。
私は安堵した。これで嘘吐きにならずに済みそうだ。
ソラスの口の中で呪文が唱えられ、ふわりと風が焚火を煽り、
ーーーーリスの首と胴体は生き別れになった。
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