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第12章
侍女は若かりし頃、村長に手篭めにされ何度も犯されたという衝撃の一言から始まり、やがて子どもが出来てしまった事、その赤ん坊が男児に恵まれなかった村長に取られそうになった事、取られるくらいならと、その子を井戸に投げ入れた事を吐露した。
震える指先で私の小屋の隣の井戸を指さした時には、さすがに戦慄した。
そして、どうしても気になって翌日見に行くと、3歳くらいの男の子が井戸の辺りにいたそうだ。
それがソラスだった。
罪が具現化されて、自分の元に返ってきたと感じたという。
あの井戸は"かの国"への入り口だった。侍女は図らずとも自分から赤子を"取り替えて"しまったのだ。
そして、人1人を、ましてやあんな目立つ者を隠し通せるはずもなく、まずトラフィー家の亭主に見つかった。トラフィー家の亭主は、ソラスを美しく珍しい生き物程度にしか思っておらず、恐ろしい企てを思いつく。亭主は村の外に材木を卸したかったが、力を失うことを恐れた村長がなかなか首を縦に振らないことに頭を悩ませていた。
亭主は、村長に金とともに美少年に成長したソラスを差し出した。
私は耳を疑った。
侍女に止めはしなかったのかと詰め寄ってしまった。そんなことをすれば、彼女が村に居られなくなるであろう事は容易に想像できたはずなのに。案の定、私が想像した通りの答えが返ってきた。そして告白は続いた。
「あれが村長の家から戻ってきた時、着物は裂かれ蒼白な顔をして、何が起こったかすぐにわかりました。
昔の私そのものでしたから。
そして安堵に包まれたのです。あの美しく崇高な生き物が私と同じところに堕ちてきたのだと。
優しさが心に満ち、あれの身体の清め衣服と食べ物を与えると、驚くほど従順になりました。優越に心が震えました。
私の言う事は何でも聞きました。旦那様の言う事は、鞭で打たれても聞きやしないのに。私は旦那様の言われるままに、村長の家に行けと、あれに命じました」
激しい怒りに身体が灼かれた。
女を殴ってやりたいと思ったのは生まれて初めてのことだった。トラフィー家の亭主や村長は八つ裂きにしてもまだ足りぬくらいだ。
ソラスは重大な秘密であると同時に、村長を傀儡にする為の人身御供だったのだ。
「私があの生き物の世話をしていたのは、贖罪という名の、罪悪感を払拭をするための行為に過ぎません。
いいえ、己の醜い愉悦と優越に浸るためですわ。
決して、あの生き物の為なんかじゃない!」
なのに、どうして、と顔を覆い肩を震わせていた。良心を揺さぶられ地面に落ちる侍女の涙が、私の怒りを鎮火させていった。
ソラスが侍女の言う事を聞いていたのは、恐らく与えられた衣食住に対する"対価"だ。
しかし、"対価"と憐憫だけで、ソラスがそこまでするとは思えなかった。隠された一欠片の真心が、侍女自身が気づかぬ程の小さな優しさが、ソラスには伝わっていたのではないだろうか。
侍女と少年のやり取りを思い出す。
ソラスに名が与えられなかったのは、もしかしたらーーーー
侍女の身体が、ぐらりと傾いた。
その背中には、ボウガンの矢が刺さっていた。私は急いで引き抜いたが、侍女の身体は痙攣しだす。毒が塗ってあったのか。
私はソラスの名を叫んだ。しかし返答はない。私は侍女を背中に負い、村の中心部にある医者の家に走った。途中、侍女はうわ言を繰り返していた。
「・・・て」
喋ってはいけないと言えば、連れて行って、と掠れる声で言った。必ず医者に見せると答えれば、微かに首を振り
「あの子、を・・・連れて・・・」
言葉も、身体の震えも止まった。振り返れば、侍女はラファエロの筆致で描いたような目をしていて、そこから光が徐々に消えていった。
最期に、あの子と言ったのを、私は聞き逃さなかった。そうでなければ、彼女の遺体を共同墓地に運んだりしなかった。後は墓掘りがなんとかしてくれるだろう。
そして、ソラスを"かの国"へ送り届けることを心に決めた。例え私が人の世に居られなくなろうとも。こんな所に彼の身を置いておきたくない。
何より、彼の母親の頼みなのだからーーーー
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