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第13章
急いで小屋に戻ったが、何度呼びかけてもソラスは現れなかった。
いやに胸が騒めく。
ふと、炎に揺らぐ景色が歪んだ気がした。ブーツの靴紐が何かに突かれた感触を覚える。
周りを見渡しても誰も、何もいない。
もしや、と思った瞬間、強い風が背後から叩きつけられ炎が消えた。暗闇に包まれ恐怖に飲み込まれそうになるが、稲光のようにある言葉が閃いた。
私は、半信半疑で唇を開き、その言葉たちを
唄う。
ーーーーSolas bothair《道の灯よ》
Tog me ann《私をそこに連れて行け》
Magairlini faoi bhlath 《蘭の花が咲き》
Craiceann an dragon《竜が唄う》
Go dti an ait sin《その場所へ》
Whisper an star 《星が囁き》
Codlaionn an spiorad《精霊が睡る》
Go dti an ait sin《その場所へ》
Solas,treoir,solas bothair《灯せ、導け、道の灯よ》
Athraigh an marc ar dhath na cruithneachta《標を麦の穂の色に》
小さな麦穂色の光が、地面に点々と道標のように灯った。私はその道を全力で駆けた。
"隣人達"に、心の中で感謝を述べながら。
光の道標の先にあるのは村長の家だった。ますます嫌な予感がした。家の明かりは消えていたが、うっすらと光に縁取られた窓が一つだけあった。木で出来ており中は見えない。私はなりふり構わず、ソラスの名を叫びながらそこを叩いた。小さく高い声が微かに聞こえた。
私は手帳を取り出し、挟んであった鉛筆で窓に陣を刻む。その指先は、湯に浸したように血の巡りが早く、熱くなっていく。"隣人達"が力を貸してくれているのが分かる。
最後の一文字を書き終えると、木の窓はひび割れて崩れ去った。
部屋の中が露わになる。
粗末な寝台の上で、白い身体に年老いた男性が覆いかぶさっていた。
私は無我夢中で男性を引き剥がし、白い身体を起こして掻き抱いた。と、強い衝撃に頭が揺さぶられた。点滅する視界の中、捉えたのは椅子の脚を持つ村長の姿だった。
いけないと思いつつも、何もかもが遠退いてゆく。
意識も、見開かれた緑色の瞳も、私を呼ぶ声もーーーー
酷い悪夢を見た。白い悪魔が、人間を蹂躙する夢だ。鋭い爪で肉を引き裂き、鮮血が噴き出す。腹わたを引き摺り出し、皮という皮を切り刻む。私はただそれを何の感慨も無く見ているだけの、恐ろしい夢だった。
目を覚ますと、端正な顔立ちが私の視界いっぱいに広がっていた。悪夢を浄化するような、フレスコ画のように神聖な眺めだ。
私はソラスの膝の上に頭を乗せられ、優しく頭を撫ぜられて、天国にいるような心地になる。
しかし、部屋の中は地獄だった。
壁も天井も寝台も赤く染まり、鉄の臭いが濃く漂っていた。村長はおらず、肉の塊のようなものが落ちているのみだ。
ソラスは何も言わず、また私も何も言えず、村長の家を後にし森に入った。家人はどうしたのか、とも思ったが、恐ろしくて聞けなかった。ソラスの姿もまた血に塗れていたのだから。
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