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泡雪

 目が覚めるとまたベッドに戻っていた。熱はまだ下がる気配はなくて、耳の先まで熱い。  寝付く前と違うのは、部屋の中に誰かの気配があるという事だ。ビニール袋を漁る音や冷蔵庫を開け閉めする音が聞こえる。重篤な倦怠感に苛まれたままでベッドでじっと瞼を閉じていると、気配がすぐ近くに来る。  カラカラと耳に心地良い氷の音と柔らかい冷たさが頭の下にあてがわれた。軽く頭を持ち上げられた時に、ふわりと優しい石鹸の香りに包まれる。  目を開けると、黒いタートルネックの先に顔が見える。こちらを覗き込む表情はいつも心配そうに張り詰めていて、手を伸ばすと当たり前のように握り返してくれた。僕の手を包む彼の指先は冷たくて、熱で浮かされる僕はそれも気持ちが良かった。  特に会話も無い。僕は喉の奥が灼けていて思うように声が出なかった。彼はただじっとすぐ側に座って僕の様子を見つめている。  冷蔵庫には大したものもなかったはずなのに、彼が用意してきたのか冷えたスポーツ飲料を与えられる。ストローまであてがわれて甲斐甲斐しい。汗が出ればタオルで拭ってもらえる。過剰な程に至れり尽くせりだ。  彼は嫌な顔など一つもしない。僕はいつも思う。これは僕による都合の良い幻覚なのではないかと。優しい幻はとにかくリアルで、じっと手を握っていると体温を持ち始める。  温かく優しい手は僕の頭を撫でて、甘えたくて擦り寄ると抱き締めてくれるのだ。視界はグラグラとして朧気なのに、触れられた感触はとても鮮明で淡い香気は鼻腔にこびりつく。着ているタートルネックのニットの触り心地すら覚えてしまうほどだ。  何もかも受け入れてもらえるような優しく強烈な甘みに、身体を病んでグダグタの僕は毎回すぐに溺れてしまう。兎に角側にいて欲しくて、一人で過ごす普段の寂しさの蓄積分が全部だだ漏れていく。解されて溶かされて緩くなってしまう。  自覚もなく一筋、また一筋と止めどなく涙が溢れる。彼は僕の背を何度も撫でながら何かを囁き、頬の涙を辿るキスをした。

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