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ジェスチャー≠コミュニケーション
俺は断じて変態じゃない。どうにかしてこの不本意な誤解を解かなければ……!
そう決意すると頭を捻って、言葉が通じない相手と意思の疎通をとる方法を考える。
だけどどう捻りだしても、ジェスチャーくらいしか思いつかなかった。
自信はないけどこれしか方法がないんならやるしかない。そう心を決めると、俺は体ごと男の人に向き直った。それから拘束されてない方の手で自分と、次に浴槽を指差す。
「あの! 俺、ここに来る直前に風呂に入ってたんだけど。そのときに物凄い雷が落ちて……っ」
腕を広げて、大きく動かすと雷の凄まじさを説明する。それから、突然の停電の様子を雰囲気で表現した。
「停電したかと思ったら、今度は浴槽の底が抜けたんだ。そのまま風呂で溺れて、気がついたらここにたどり着いてたんだけど!」
浴槽の底が抜けたことや、溺れて死にかけたことを身ぶり手ぶりで必死で伝え、最後にこの場を指差してここにたどり着いたことまで話し終えると、男を仰ぎ見る。
「だから俺、お兄さんが風呂に入ってるところを覗き見しようとしたわけじゃないんだ!」
無実だと、力をこめて訴える。
よし! これでどうにか伝わったはずだ……!
渾身のジェスチャーに誤解も晴れたんじゃないかと期待をこめて男の人を見つめたけれど、なぜか戸惑いの滲む表情で見つめ返されてしまった。
「×××××××……?」
首を振り、どうやら分からないと言っているみたいだ。
あ。全然伝わってなかったっぽい。
――――やっぱり、ジェスチャーだけで伝えるのはムリがあったらしい。
けど、さっきまで警戒で針鼠みたいだった男の人の雰囲気が少しだけ和らいだような気がする。どうやら怒りを沈めることには成功したようだ。
「でもあの、不法侵入してしまったのはごめんなさい。すぐに出ていくから今回は警察を呼ぶのは勘弁してください」
拘束する力が緩んだところで、俺はすぐさま頭を下げて謝罪した。
正直帰り道がわからないけど、もと来た道を引き返せば帰れるはず――――って、いや待て待て。風呂のなかに道なんてないし、今度こそ溺れる。ここは頼みこんで玄関から帰らせてもらうのが一番だな。よし。
これからのことを考えて行動に移そうとしたところで、大事なことに気がついた。
「あ」
そういや俺今素っ裸だった。さすがにこのまま外に出たら今度こそ変質者確定だ。
「えっと。迷惑ついでに、できたら服を貸してもらいたいんです、けど……」
俺は露出狂ではないので、身ぶり手ぶりで着るものを貸してほしいとお願いしてみた。
伝わるかな? どうかな?
「×××××××××××××××××」
ドキドキしながら待っていたら、難しい顔で首を左右に振られてしまった。
「やっぱり伝わんないか……」
困った。スマホを持っていたら幼馴染みに連絡して迎えにきてもらうところだけど、服すらなく、本当に身一つでここまで来ちゃったものだからそうもいかない。
腕を組んでどうしたものかと頭を悩ませていると、男の人にぐいっと肩を引かれた。
「×××××××××××××××。×××××××」
「?」
よくわからないけど、グイグイ背中を押してくるから風呂から出ろってこと? かな?
男の人に手を取られてバシャバシャとお湯を裂くようにして浴槽から出ると、今度は滑りにくいよう加工が施された石の上をペタペタと歩く。
このまま玄関まで連れていかれ放り出されるのか、はたまた服を貸してくれるのか。警察に突きだされるという可能性もなくはない。
この後のことを考えて不安になっていると、俺の手を引いていた男の人の足が止まった。
脱衣所にしては広い気がするけど、あの広さの風呂場があるお宅だ、おそらく脱衣所であっていると思う。しかしとんでもない金持ちの風呂場に流されたものだ。
感心していると、ぐいっと布を押しつけられる。
「わっ」
「××××××××」
ん? これで身体を拭けってこと?
なんとなくそう言われてる気がしたのでありがたくその布を受け取り、身体の水分を拭った。
拭き終えると今度はワンピースを渡される。ワンピースといってもクリーム色のシンプルなデザインで、男女兼用できそうなものだ。日本じゃあんまり見ない雰囲気の服だから、この男性の母国のものなのかも?
「ありがとう、ございます」
意外に親切な男の人に感謝をしながらそれに袖を通す。質のよい素材を使っているのか、とろっとした生地は肌触りがとても良く気持ちいい。
ただサイズはまったく合ってない。完全に袖が余って裾がぞろ引いてしまっている。
これは決して俺がチビだからという理由じゃなく、目の前の男が立派な体格をしているからに他ならない。外国人だからか、身長が高くてモデルのように手足が長いんだ。
借りられただけでありがたいから、文句はないけど。
着替えが済んで改めて男の人と向き直ると、あっちも着替えを済ませていた。男の人が着ているのも俺のと同じようなデザインのワンピースだ。
男の人は俺の頭のてっぺんからつま先までを確認すると、ジェスチャーでついてくるよう促してきた。
「××××、×××××」
玄関まで案内してくれるのかな?
あんなことがあったのに親切にしてくれるなんて、もしかしてすっげえいい人なのかもしれない。
そんなことを考えながら、踵を返し遠慮のない足取りで前を歩く男の人の後を小走りで追う。
だけど、脱衣所を出て最終的にたどり着いたのは玄関じゃなかった。
「へ? ここって……」
中に足を踏み入れると、そこはきらびやかな一室で。壁紙から置物、ベッドにシャンデリアまで、すべてが高級感に満ち溢れていて眩しかった。
物珍しさから部屋をきょろきょろしながら観察していると、ふいに違和感を覚える。
――――おかしいな。近所にこんなすごい大豪邸、あったっけ? さすがにこんなお宅がご近所にあったら知っているはずだ。
浮かび上がった疑惑に困惑していると、後方でバタンと扉が閉まる音がした。次いでカチリという音が鳴る。
「!?」
慌てて扉にかけ寄り取っ手に手をかけたけど、ガチャガチャという音が虚しく響くだけで開く気配はない。すぐさま内鍵を探したけど見当たらなかった。
「ちょっ、なんで!? ここ開けろよ!」
拳で扉を何度も打ちつけ、声を荒げて訴える。けどそれが聞き入れられることはなく、遠ざかる足音だけが耳に届いた。
「うそだろ」
閉じこめられた? まさか本当に警察に突きだすつもりなのか。警察が駆けつけるまでの間に、俺が逃げないようにってこと?
勝手に親切な人だと思いこんでたけど、世の中そんなに生易しくなんてないよな。
「なんかショック……」
身体から力を抜き、ゴツンと額を扉に預ける。
「好きで人んちの風呂場に入りこんだわけじゃないのに」
そもそも幼馴染みンちの浴槽の底が抜けたことに原因がある。おかしくないか、浴槽なんて普通抜けないだろ。
「……」
いや、ちがう。あれは“抜けた”なんて状況じゃなかった。底自体の存在がなくなった、みたいな……。
そこまで考えると頭を左右に振る。
「わけ、わかんない」
両手をついて扉から額を離す。身体の向きを変えるとバルコニーが視界に入って、そちらへと足を向けた。混乱した脳内を落ち着かせるためにひとまず外の空気を吸おうと思った。
けど大きなガラスの扉を開けて外へと出た俺は、そこでありえない光景を目にする。
「……うそ、だろ……」
眼下に映しだされたのは見慣れた近所の風景――――ではなくて、見たこともない街並みだった。
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