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ブレスレット=チートアイテム
俺を閉じこめた張本人がなに食わぬ顔で戻ってきたのは、それから二時間くらい後のことだった。
といっても時計があるわけじゃないから、体感的な時間だけども。
一人ぼっちで放置されていた俺は、ようやく現れた自分以外の存在にほっとする。それが俺を閉じこめた相手で、言葉が通じなかったとしても、なにもわからない状況で見知らぬ場所に一人でいるよりはマシだった。それくらい心細かったから。
落ちつかなくて所在なく突っ立っていた俺に、男の人がゆったりとした足取りで歩み寄ってくる。
「××××」
そうして例の異国の言葉でなにかを話しながら、褐色の大きな手をこちらへ伸ばしてきた。いきなりのことに警戒して身を竦めていると、腕にひやりと硬い感触がする。
「っ、へ?」
驚いて手首に視線を落とすと、銀色のブレスレットが嵌められていた。中央には黒くて丸い石が埋めこまれていて、驚くほど細かな細工が施されている。装飾品というよりは芸術品と表現した方がよさそうな代物だ。
「え、え? なんでこれ……」
部屋に戻ってきて早々、これを俺に着ける理由がわからなかった。
長時間放置されたことと一人で部屋に入ってきたことから、どうやら警察に突きだされるってわけじゃなさそうだ。だとしたら、いったいなにがしたいのか。
頭のなかを疑問符で埋め尽くされながら男の人を見上げると、ふたたび声をかけられる。
「私の言葉が理解できるか」
「!?」
驚きすぎて、なにを言われているのか頭に入ってこなかった。
ついさっきまで異国の言葉をぺらぺらと話していて、こちらの言葉なんて一言もわかりませんなんて顔をしていたのに。それが突然流暢な日本語を発したのだから、驚くのも当然だ。
「お兄さん日本語話せたの!?」
「ニホンゴ? いや、これは翻訳の魔法がかかっているだけで私が話している言葉は同じものだ」
「ま、ほう……?」
ナチュラルに告げられたファンタジーな単語を反芻していると、男の人は「それよりも」と始めに会ったときと同じ鋭い眼差しを向けてくる。そのあまりの冷ややかさに体が凍りつく。
「どんな手を使って、あそこに侵入した?」
「どんなって……、侵入?」
やけに物騒な言い方をするお兄さんに戸惑いが隠せない。
「言え」
黙りこむこちらに焦れたのか、男の人は眉間に盛大な皺をきざんで詰め寄ってくる。
「あの場に張ってあった結界は精霊の力を借りた、どんな魔法も干渉不可能なものだ。だが魔法なしで王家以外の人間があの場に踏みこむことも不可能なはず。何をした」
「お……おうけ……?」
あまりの剣幕に腰が引けてじりじりと後退されば、向こうもその分距離を詰めてくる。
えええええ、待って。ちょっと待って。
「惚けても無駄だ。だが残念だったな、あそこにいたのが兄上たちではなくよりにもよって私で」
「ちょっ? え、ちょっ……待って! ストップ! 本気で意味がわからない。結界とか精霊とか魔法とか王家とかって、なに言ってんの?」
馴染みのない単語に混乱がおさまらない。ここにきてこの人の兄上? とやらの話が出てくるのもさっぱり理解ができなかった。そもそも俺たちはなんの話をしてたんだ?
ええっと……そうだ、そう。俺がこの人の家の風呂場にいた理由についてだ。
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだし……」
この豪邸は少しばかり高い場所にあるのか、周囲の景色が一望できた。ここに連れてこられてから初めて見た外の景色は、まったく見知らぬ街並みで、もはや日本ですらないように見えた。
下に広がっていたのは似たり寄ったりなオレンジ色の屋根ばかり。ビルやマンションなんかの背の高い建物はもちろん、現代的な建物はいっさい見あたらず。
遠目に歩く人の姿は確認できたけど、コンクリートの道路もなければ車も走っていなかった。……馬車のようなものは、見えたけど。
幼馴染みンちの風呂の下って、いったいどこに繋がってるんだ。そんな短時間で外国に行けるもん?
なんなんだよ。本当に意味がわからない。
「自分の行いが分からないわけないだろう」
「俺はっ! ただ風呂に入ってただけだったんだ。なのに気がついたらあそこにいて……それ以外のことを聞かれてもわからない」
「……どうせつくのならもっとマシな嘘にするんだな」
ありのままを正直に話してるのに、まったく信じてもらえなかった。そりゃあ今の俺は明らかに不審者かもしれないけど、それにしてもまったく聞き耳を持たないで責めるのはあんまりじゃないか。
こんな嫌な思いをするくらいなら言葉なんて通じなくてよかった!
「信じられないなら、それでもいいよ。でも耳を傾ける気がないならこれ以上話しても意味がない。……俺はもう帰るから、そこ通して」
「!」
こんなところで不毛なやりとりをしてるより、早くあいつンちに戻らないと。
風呂に入ってたのに突然いなくなるなんて不自然すぎるし、今頃ケイコさんが心配してるかもしれない。
これにももう用はないとブレスレットに手をかけると、横から伸びてきた手に外すことを阻まれた。
「待て」
「なんだよ」
さっきからわからないことだらけで混乱しているのに、これ以上余計なことは聞きたくない。自然言葉もぶっきらぼうになる。そんな俺を、相手は信じられないものを見る目で見つめてきた。
「帰るだと? 何を寝ぼけたことを言っている。ここから出られるわけがないだろう」
「……はあ?」
断言され、なにを言っているのだろうと眉をしかめる。だけどそんな俺に構うことはなく、男の人はわけのわからない話を続ける。
「むしろ、自分からそれを望んできたのだろう」
「はい?」
「それともなんだ。兄上たちでなければ、伴侶にしても意味がないと言いたいのか」
言って、自分で傷ついたような顔をする男の人にまるで自分が悪者になったような気分になる。
「え……いや、そんなことはまったく思ってないけど――――うん?」
うっかり否定しちゃったけど、この人今なんて言った?
伴侶?
え? なんの話?
一人で狼狽えていると、不意に強い視線を感じて顔をあげる。そこに探るようにこちらを見つめる漆黒の双眸を見つけて、息を飲んだ。
「な、なに?」
「わかった」
しばらくの沈黙のあと、一言つぶやくと踵を返す。
「へ?」
待って。なにがわかったんだよ。こっちはさっぱり状況がわかんないんだけど。説明してほしい。
またもや状況が理解できず困惑してその背中を見つめていると、扉が閉まる音と施錠する音が耳に届いた。
え? ええええ……?
混乱しているうちに、ふたたび閉じこめられた。
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