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幼馴染み×逃避行×デンジャラス
俺はある決意をする。
――――ここを出よう。
そう心に決めると、どうにかして抜け出せないか部屋中を隈なく見て回った。
だけどそうそう逃げ出せるような場所に閉じこめられるはずもなく、時間をかけて探しても、結局逃げ出す方法はなにも見つけられなかった。
部屋の中を動き回って疲れた俺は、いつの間にか寝こけてしまう。
*****
翌日。目が覚めるとすでに日は高い位置に差しかかっていた。
「……っ寝過ごした!」
焦ってベッドから飛び起き、学校へ行く支度をしようとしたところで、視界に飛びこんできた見慣れぬ部屋に硬直する。
「ここどこ……って、あ」
起きぬけで回っていなかった頭がじわじわと活動をしはじめて、昨日の記憶が一気によみがえる。
「そうだった俺……」
なぜだかわからないけど、あの謎の外国人にこの無駄に豪華な部屋に閉じこめられた。
非現実的なこの状況が夢ではなかったことに、少なくないショックを受ける。
なんでこんなことになったんだ。俺はただ、風呂に入っていただけなのに……。
不条理に唇を噛みしめていると、キュルキュルと気の抜ける音が腹から聴こえた。あんなことがあったから当然なんだけど、昨日は昼ご飯を食べて以降なにも口にできていない。
とはいえ、この状況でも緊張感のない自分の腹の虫に恨めしさを覚える。
ふとサイドテーブルに視線を向けると、そこにトレーに乗った食事を見つけた。すっかり冷めてしまっているそれらは、昨日存在しなかったことを考えると今朝方用意されたものなのかもしれない。
口にするかどうか迷っていると再度腹の虫に催促され、手をつけることを決める。
食事は食べなれない味ではあったけど、どれもほっぺたが落ちそうなくらい美味しくてあっさりと平らげてしまった。
腹も満たされて元気が出てきたところで、再度脱出経路がないか探すために立ちあがる。
昨日判明したのは、まずこの部屋に出入口はひとつ限りだということ。しかもそれは外から鍵がかけられているため出ることはできない。
つまりピッキングでもできない限り、扉から出るのは不可能というわけだ。
次にバルコニーだけど、残念なことにこの部屋はかなり高い位置にある。流石に十メートル以上ありそうな高さから飛び降りたら、ケガをするどころか死んでしまいそうだ。
それと、ロープかなにかを使って降りるのも無理そうだった。結構な長さを必要とするし、なにより安全性が不確かで怖い。
まずそんなに高さのある場所からうっかり下を見てしまったら、高所恐怖症の俺は気絶する。
だからこれも却下。
あとは窓という窓もなく、他に外に出られそうなところもなにもない。
要するにどこからも出られない。
昨晩も、ここで行き詰まって寝ちゃったんだよな。
もともと利口な方ではないし、機転も利かない。こういうのは俺じゃなくて幼馴染みの得意分野だ。
完全にお手上げ状態になって、ふたたびベッドにごろりと横になる。
「はぁ」
ここに来てから一晩が過ぎた。
幼馴染みのことを考えて、気分が沈む。今ごろ絶対に心配をかけている。というか、むしろ怒ってる可能性の方が大きいかもしれない。帰ったらまちがいなく厭味攻撃を受けそうだ。
――――その前に。
「帰れんのかな」
自分自身の言葉にひどく心がざわついて、不安が押し寄せてくる。心細さに胸がきゅっと縮こまった。
「……圭太……」
助けを求めるように、ぼつりと幼馴染みの名前をつぶやく。
「なんだよ」
「いや。ただ呼んでみただけなんだけど……」
……って、あれ?
なんの違和感もなく返事をしたけど、先ほど聞き覚えというか、とても馴染み深い声が聞こえた気がする。
んん? 幻聴?
「~~ッ!?」
ガバッと勢いをつけて上半身を起こし、声がした方向に首を回すと、そこでありえないはずの人物を目撃する。
「圭太!?」
「だから。なんだって聞いてるだろ」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるそいつを、口をあんぐりと開けたまま凝視した。
「えっ、え、えええ!? なんでいんの!」
「はあ? わざわざ迎えに来てやったんだろ。ありがたく思え」
「えええええ!」
「うるさいな」
いやいや、突っこみどころ満載だから。いつからそこにいたんだ? さっきまでいなかっただろ。というかここは密室のはず、どうやって入りこんだ?
そもそもなんでそんなナチュラルにそんなところに立ってるの!?
俺自身、自分がどこにいるかわかっていないのに、近所の公園に迎えにきたくらいのノリでそこにいる圭太が信じられなかった。
一人混乱していると、圭太の表情がいつになく真面目なものへと変化する。
「お前さ。ここがどこで、自分がどういう立場にいるか分かってんの」
真顔で尋ねられて、俺は弾かれたように口を開いた。
「! そ、それだけど、ちょっと聞いてくれよ……っ。風呂に入ってたら突然底が抜けて! 溺れて流されてここンちの風呂にたどり着いたら変質者とまちがわれて! あげくに怒った見知らぬ外国人にこの部屋に閉じこめられてんだけど!」
「……」
頭の中を整理しながら順序だてて説明し、助けを求めると、無言のまま哀れみをこめた目を向けられる。
え、なんだよその顔は!
そんな俺に向かって圭太は重々しく溜息をつくと、こちらに歩み寄り手を伸ばす。
「まあいいや。とにかくここを出るぞ」
「え。うん、でもどうやって? だいたいお前どっから入ってきたんだよ」
その手をしっかり掴み、ずっと疑問だったことを口にすると、幼馴染みは簡潔に答えをしめした。
「ココ」
「……」
指し示された場所に目を向けたまま黙りこむ。
なぜなら圭太が指し示した場所はバルコニー。地面から十メートル以上の高さがあるここを、まさかよじ登って来たなんて言わないよな?
体力ないくせに、ちょっと会わないうちにどんだけアクティブになっちゃったんだよ。
「ほらボケッとしてないでさっさと行くぞ」
「ちょ、本気かよ!? えええー! ムリムリムリムリ」
俺の手首を掴むと、迷いのない足取りで先を行く圭太。ぐいぐいと引っ張られながら、バルコニーが近づくにつれて顔から血の気が引いていく。
こいつばか!? ばかなの!? どんだけ高さあると思ってんだよ! お前だってよじ登ってきたなら知らないわけじゃないだろう!
「死ぬ! 死ぬからヤメテ!」
必死で訴える俺に対して圭太はかなり冷静だった。
「死なねーよ。いいから黙ってついてこい」
素気なく返されて、もしかしてと考えを改める。圭太は俺が思っているような危険な方法で抜け出すつもりはないのかもしれない。
きっと、もっと安全でいい方法があるんだ。そう信じていいんだよな……?
しかし。ホッと胸を撫で下ろした矢先にそれは起こった。
「おま……! なななにして!?」
奴はヒョイと俺を荷物のように肩に担ぐと、なんと手摺りに足を乗せてその上に立ち、いまから飛び降りらんとばかりの体勢を取ったんだ。
「跳ぶぞ」
「――――ッ!?」
最悪だ。
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