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幼馴染み×風の守護者×風の微精霊

   一度試してダメだったけど、もう一回くらい試してみていいんじゃないか。もしかしたらうっかり帰れたりするかもしれない。  そう考えて、俺は姿見の前で正座をしている。一見普通の鏡に見えるこれがあっちの世界に繋がっているんだ。 「……っ」  ごくりと息をのむと、そ~っと手を伸ばして鏡をぺたりと触ってみる。ペタペタと何度か触れてみるけど特に変化はない。ただの硬い鏡のままだ。  これが圭太のときは表面が波打って、水に手をつっこむみたいに通り抜けたのに。 「なんで俺はだめなんだよぉ」  悔しさと焦れったさとで悶々としながら、バタリと後ろから床へ倒れこむ。やっぱり圭太が帰れる方法を見つけてくれるまで待つしかないのか。 「はぁ……けどなあ」  圭太は誰かが俺をこっちの世界にひっぱりこんだって言ってたけど、誰がなんのためにそんなことをするんだろう。俺がこっちに来てから会った人は俺を閉じこめたあのお兄さんだけだ。そしたらあの人がそうってこと?  いやでも、勝手に入ってきたことを怒ってたし、ちがうよな。  うーん。もうわからないことだらけで頭がパンクしそう。 「……圭太早く戻ってこないかな……」  答えの見つからないことを考えすぎて脳みそがストライキをおこしている。なんだか眠たくなってきて、そのまま瞼を閉じた。 『ケータ。ケータのおさななじみがヘンなとこで寝てるよ』 『ほんとだ。お腹だしてる!』  …………子供の、声?  急に辺りが騒がしくなって、閉じていた瞼にぎゅうっと力をこめる。もう少し寝ていたくてふたたび夢のなかへ旅立とうとしたけれど、段々と近づいてくる声に現実に引き戻されてしまう。  うー。うるさい。ゆっくり寝てられないじゃないか。 『お腹だしてたら人間はカゼひくんじゃない?』 『わたしがベッドにはこんであげようか!』 「悪いな。頼んでいいか?」 『いいよー』 『わたしもお手伝いするよ』 『わたしも』  きゃっきゃっと楽しそうな声がそばで聴こえたかと思うと、下に感じていた温もりがなくなって、ひやりとした空気が肌を撫でる。  さすがに寝ていられなくなって目を開けると、なんと自分の体が横になった体勢のまま宙に浮いていた。  へ!? なんじゃこりゃ!  驚いているあいだにも体は宙を移動して、ベッドの上にそっと落とされる。  !?  眠気がいっきに覚めた俺は勢いよく跳び起きて、なにがあったのかを確かめるために自分の体を確認した。あちこち見てみたけれど特におかしなところはない。  けど俺さっき、空中に浮いてたよな!? 『あ、おきた』 『ケータぁ、おさななじみおきたー!』 「そうか。運んでくれてありがとうな」 『いーえーどういたしまして』 『まして!』  声がした方へ首を回すと、圭太が一人で誰もいない空間に向かって話しかけていた。それに、可愛らしい声で返事が返ってくる。  けどどう見ても圭太以外には誰の姿もない。  え? おかしくないか。声は聴こえるのにその声の持ち主が見あたらないってどういうこと。声の数からして子供が三、四人くらいいそうなものなのに。  この摩可不思議な状況に混乱していると、圭太が片手を腰に当てながら呆れた様子でこちらに向かって歩いてくる。 「おい温人(はると)。変なとこで寝るなよ。腹まで出して子供かお前は」  説教をしながら俺がいるベッドの端にドサリと腰をおろす。だけど俺は今それどころじゃなかった。 「……」 「温人?」 「ここ、お前の他に誰かいる?」  圭太は一度まばたきをすると、周りに視線を巡らせてから自分の肩の辺りをちらりと一瞥した。 「まあ、ちいさいのがいくつかいるな。見えるのか?」 「いやなんも見えないけど……声が聴こえる」  答えると圭太が訝しそうに眉根を寄せる。 「見えないのに聴こえるのか?」 「見える見えないって、ここ、なんかいるの? まさか、もしかして……おばけ、とか言わないよな……?」  霊感はまったくないから実際に見たことはないけど、声だけ聴こえて目に見えないなんてそうとしか考えられない。俺おばけダメ、ムリ、怖い。  真っ青になって辺りをきょろきょろと見回していると、圭太がこめかみを押さえながらため息をついた。 「そんなわけないだろ。風の微精霊だよ」 「びせいれい?」  おばけじゃないとわかってほっと胸をなでおろすけど、またよくわからないワードがでてきて首を捻る。名前が似てるから微生物の仲間かなにかだろうか。  この疑問は圭太から返された答えですぐに解決した。 「精霊の子供みたいなもんで、まだ一人前じゃない精霊のこと」 『ケータのおさななじみ、はじめまして!』 『わたしたちは風のおかあさんのこどもだよ』 「は、はじめまして温人です」  声が聴こえる方向から、だいたいこのあたりにいるのかなと予想しながら自己紹介をする。  どうやらこの微精霊たちは人懐っこい性格らしく、楽しそうな声であいさつをしてくれた。 『ハルト』 『ハルトよろしくね』 「あ、ハイ。よろしくお願いします」  まさか人生のうちで精霊と会話する日がくるとは思わなかった。けどなんでその風の微精霊がここにいるんだろう? 疑問に思っていると微精霊たちがまた嬉しそうに話しはじめる。 『いまね、ケータとおかあさんと、おしごとしてきたんだよ』 『ケータは風の守護者なんだよ!』  姿は見えないけど、声の感じから微精霊が俺の周りを楽しそうにくるくる回っているのがわかった。 「風の守護者って?」  問いかけながら視線を向けると、圭太は腕を組んで少し考えるような仕草をとる。そしておもむろに口を開いた。 「守護者ってのはまあ、かんたんに言うと精霊を元気にする存在。俺がこっちに喚ばれたのも風の精霊と相性がいいことが理由なんだ。精霊が弱るとその精霊が属してる国も弱る。そうならないために守護者が必要なわけ」 『ケータといると元気がでてきて、しあわせな気持ちになるんだよ』 『わたしケータだいすき』 「……そんな理由で俺の周りには風の微精霊がよくくっついてるけど、害はないから気にすんな」  そう言って微精霊がいると思われるあたりに向かって微笑む圭太に、俺は衝撃を受ける。  圭太が、あの圭太が微精霊から大好きって言われて優しく笑いかけた! 俺なんか滅多に笑いかけてもらうことないのに。  羨ましすぎる……っ。  

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