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ノワール×王族×掟

  『ねえねえハルト』 『ハルトはノワールからきたの?』  風の微精霊に不思議そうな声で尋ねられて、首を捻る。ノワールがなんのことかわからず隣を窺うと、答えはすぐに返ってきた。 「お前が最初にいた国がノワール。ちなみに俺たちが今いるのはブランで、ノワールの隣国にあたる」 「へ~。そうなんだ」  気絶しているあいだに国を跨いでいたらしい。驚きだ。けど風の微精霊は俺がノワールから来たってどうしてわかったんだろう? 「ノワールがどうかしたのか」  圭太が尋ねると、風の微精霊たちはあっけらかんとした様子で思わぬ事実を口にする。 『だって、くっついてるから』 「へ?」  くっついてる? 『ノワールの水のこどもが、ハルトにくっついてる』 「!?」  水のこどもって、水の微精霊ってこと……? それが俺にくっついている?  って、ええ?!  衝撃的な事実に目を剥いて、慌てて両手で腹から腰、胸から肩に触れる。  一応探してみたけど、そもそも微精霊って触れるのか? 触れないなら姿を見ることができない俺には探しようがない。せめてしゃべってくれたら場所の特定ができるんだけど。  悩んでいると、同じく水の微精霊を探していたらしい圭太の視線が俺の頭頂部でとまった。 「いた。いつの間についてきたんだ」  え、そんなとこに乗ってんの?  どうやら圭太も今の今までその存在に気づいていなかったらしい。俺にくっついている水の微精霊を呆れた様子で見ている。 『ちっちゃい』 『ちっちゃいね』 『しゃべんないね』 「そうだな。微精霊のなかでも少し小さめか?」  圭太と風の微精霊たちが俺の頭に乗っている水の微精霊を囲んでその様子を実況してくれているんだけど……。 「俺も微精霊見たいー!」  一人だけ見れないなんて寂しすぎる。  きっと可愛いんだろうななんて想像してがっかりしていると、思い出したように圭太が隣で口を開いた。 「普通は見えるやつは声も聴こえるし、見えないやつは声も聴こえない。なのになんでお前はそんな中途半端なことになってんだ」 「そうなの!?」  中途半端という言葉にショックを受けていると、圭太の目がふとある一点に留まる。なにかを確認して、その瞳が大きく見開かれる。 「お前、ソレ――」  信じられないものを見るかのようにそこに釘づけになっている。  その様子に不安を煽られた俺は、戸惑いながら何に対してそんなに驚いているのかを問いかけた。 「へ。なに、どうしたの?」  すると突然圭太が勢いよく顔をあげて俺の手首、正確にはブレスレットを指し示す。 「そのブレスレット」 「え、これ?」 「ちょっと手ぇ貸せ」  突然厳しい面持ちになった圭太に強引に腕を掴まれ、ひっぱられる。バランスを崩してよろける俺には気にも留めず、圭太の意識はブレスレットに注がれていた。  確かに目を奪われるほど精巧な造りをしてるけど、そんなに慌てるようなものか? 「微精霊の声だけが聴こえるって聞いたときからおかしいと思っていたけど、これを嵌めているのを見て納得した」 「な、なにを?」 「お前が微精霊の声“だけ”聴こえる理由だよ。バカ!」  意味がわからず聞き返すとすごい剣幕で罵られた。  ちょっと待って、なんで怒ってんの!? 「これどうした」 「え。も……もらったんだよ」 「誰に」  静かな中に怒りが滲みでていて、恐怖から思わずすっとんきょうな声がとび出てしまう。 「ひぇっ。名前は知らないけど、背の高い色黒のお兄さんから!」 「嘘だろ……」  信じられないとばかりに否定する圭太に、俺は慌てて首を振った。 「や、ほっ、ホントだし。これつけたら言葉が通じるようになるからって、俺を閉じこめたお兄さんがくれたのっ」  こんな高そうなもの、普通はタダでもらえるわけがないと思うけど、本当にもらいものだ。断じて盗んでない。 「……」 「圭太?」  急に黙りこんでしまった幼なじみの名を、恐る恐る呼ぶ。 「こっちに来たとき」 「え?」 「お前素っ裸だったか」 「うん?」  入浴中だったわけだから、当然真っ裸だ。その通りだったので頷く。 「まさか、相手も?」 「? うんそうだけど」  これもその通りだったから頷いた。すると、圭太が無言で額を押さえた。  え、どうしたんだろ。 「とりあえず温人、お前そこに正座しろ。で、耳の穴かっぽじってよく聞け」 「? はい」 「まず、お前がしてるそのブレスレット」  ビシッと俺の手首で輝いているそれを指差す。釣られるように俺もそこへ目を向ける。 「それは嵌めた人間に英知を与えるとても希少な魔道具で、人間はもちろん、精霊や動物の話す言葉も分かるし、相手にも通じる」 「へー!」  さらに、と圭太が続ける。 「これはノワールの王族のみに伝わる宝だ。つまり、お前にブレスレットを渡したのは王族の誰かってこと」 「えええ……」  お、王族……? マジで?  ああでも、言われてみると風呂場で会ったあのお兄さんも王家がどうのこうの言ってた気がする。ということはつまり、本物だ。 「お前が閉じこめられていた場所がノワールの王城の一室だったことからしても、まあ間違いないだろ」 「お城!?」  豪邸じゃなくて? 「お前にそれを渡したのが長身で褐色の肌の男なら、相手は十中八九、ノワールの第七王子だな」  王子様!? あのお兄さん王子様だったのか!  ということは俺、王子様の入浴中に乱入しちゃったってこと? そりゃお怒りもごもっともだろう。  もしかして圭太が助けにきてくれるのがもうちょっと遅かったら、不敬罪で処刑されてたんじゃ……?  そこまで考えてゾッとする。気を紛らわすように両腕を擦っていると、さっきよりも更に真剣みを帯びた表情の圭太が話を続ける。 「ノワールの王族は、掟で王族以外の人間と肌を曝し合うことをよしとされていない。許されているのは伴侶だけだ」  伴侶という言葉に引っかかりを覚えて首を捻る。つい最近聞いた覚えのある言葉だ。けどそれが誰の言葉だったか思い出す前に、圭太から発っせられた衝撃的な内容によって思考がふっとぶ。 「もしお互いに裸を見せあった場合は、その王族は相手と婚姻関係を結ばなければならない」 「こんいん!?」 「ああ。けど不本意な場合は大抵秘密裏に相手を始末するって聞いた覚えがある」 「!」  し、始末って要するに殺しちゃうってことだよな……? じゃあなんだ。あのまま圭太が迎えにこなかったら、俺死んでたってこと? 「万が一のこともある。お前は無暗に動き回るな。外で一人になるな」  俺の考えを裏付けるように与えられた圭太からの忠告に、頭の中が真っ白になる。このままこの世界にいたら、俺はいつか殺されるかもしれないのか。  気がつくと手が、足が震えていた。胸の奥が気持ち悪くてぎゅっと唇を噛みしめる。早くもとの世界に帰りたい、そればかりが頭のなかを占めていた。 「また」  不機嫌そうなつぶやきが降ってきたかと思うと、不意に腕が伸ばされる。それは俺の両頬を掴むと無理やり上へ持ちあげた。  驚いて見開いた瞳に映ったのは、しかめっつらの圭太の姿。 「似合わない顔してんな。いつもみたいにヘラヘラしてろ」 「ヘ……へラヘラ?」  そんな風に見られていたのかとショックを受ける俺を丸ごと無視して、圭太は両側を圧迫されてアヒル口になっている俺を見下ろす。 「ちゃんと帰してやるって言ったろ」 「!」  しっかりとした低い声が俺の鼓膜を響かせた。それに泣きそうになって、だけどヘラヘラしてろと言われたことを思い出して、頑張って笑顔を作ろうとする。 「不っ細工だな」 「ふぁ!? ほまへのへーはろ!」  デリカシーのない圭太に抗議すると、頬を圧迫していた手がようやく離された。解放された頬を揉みほぐしながら抗議の意味をこめて上目で犯人を睨むけど、自然に口許が弛んでくる。  ああいやだ。俺って本当、こいつに優しくされると弱い。いつも意地悪だからかな。  圭太とは幼馴染みで、ちょっと前までずっと一緒にいれると思っていたけど高校で別れて、会える時間が減って。そしたらいつの間にか一人で異世界で守護者なんかになってるし。  こいつのことならなんでも知っているつもりだったけど、最近は知らない圭太がどんどん増えていく。  死んじゃったら圭太にももう会えなくなるんだよなぁ。  こっちに来る直前、圭太ンちの風呂場で溺れたときのことを思い出す。あのときは正直もうダメかと思った。それで、圭太に何も言えなかったことをすごく後悔したんだ。 「なに人のことコソコソ覗き見してるんだよ」 「……」 「? 温人」  またいつあんな思いをするかわからない。命を狙われているかもしれない今なら尚更。  俺は一大決心をして、口内に溜まった唾をごくりと飲みこんだ。  

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